子育てしながら医療通訳の勉強をしたり、読書日本語のレッスンを連続2ヶ月も受けたり、本当にい... 子育てしながら医療通訳の勉強をしたり、読書日本語のレッスンを連続2ヶ月も受けたり、本当にいつ寝ているかなと思うくらいに感心しています(^_^)この前に偶然に会えたのは嬉しかったです。❤️同じ東京にいるので、また会いましょうね👭 009+莉莉+D20+写作 题目【花まんま】读后感 かわいい題名『花まんま』に惹かれて先生と一緒に読みましたが、最初は生まれ変わりなど、信じない私だけど、読み進むうち、信じたい気持ちにさせられました。本当に切なくなる作品だと思いました、この小説のストーリーはまだ幼い妹がある日突然、母のお腹にいた時のことを話し始めます。それから保育園をぬけだし、電車でどこかへ行ってしまうし、習ったことの無い漢字を書き出すし、それに、自分は誰かの生まれ変わりだと言い出した。当時子どもだった主人公たちの思い出が語られます、そのあとで幼い妹がとあるエレベーターガールの生まれ変わりだと言い出す話。この話では、妹を守ろうとする兄の思いと、高校生の娘を失ったおじさんが描かれいて、、、主人公の兄が、子供ながらに妹をこよなく愛し、彼女が前世の家族に心を移していくことを必死に拒もうとする様子が、痛いほどに伝わってきました。また、「花まんま」は、年少の妹が「自分は彦根に住んでいたエレベーターガールの生まれ変わりだ」と言い出し、兄とその元の家を訪ねる話だ。不憫な死を遂げた娘を思う親の心情と、妹の行動に隠された祈りが胸を打ち、「花まんま」の意味がわかったとき、これも涙腺をツンツン刺激されて涙がとめどなくあふれました。「花まんま」とはお花で作ったおままごと遊びのお弁当だ。弁当箱に花を詰めたシーンは情景が目に浮かぶようでとても美しい。輪廻転生からよみがえる記憶が不思議に魅力的な小説です。読み終えた後、小説のセリフや感情が心の中に残りました。私も家族を守りたい、親を大切にしていきたい[拥抱][拥抱] Lishuangさん(@xinsina7)がシェアした投稿 - 2017 Dec 1 9:29pm PST
思えば半年くらいまでからのご縁ですね(^_^)もともと日常生活の中で日本語を使っているのに... 思えば半年くらいまでからのご縁ですね(^_^)もともと日常生活の中で日本語を使っているのに、弛まぬ努力し続けている姿はとてもカッコいいと思います。📚この先も格助詞に気を付けながら正しい日本語を使っていきましょうね。 012+美佳+D20+写作 今日は“花まんま”という伴読日本語レッスンの最後の日になりました!早いですね!✨ 宿題と時間に追われ充実な毎日で、ひさしぶりに学生時代に戻ったような気持ちでした❤️ “花まんま”は涙を流す感動作でした!家族の大切さ、人と人の繋り[縁]というものが不思議だけど確かに存在すると思います。🌙 親とは、兄弟とは、友達とは、知人~~みんな何かの縁によって結ばれ、この世で一緒の記憶を共有しています。短い人生で大切な人を大切にし悔いがない人生を作りたいと思います!🙋🏻♀️ 最後の授業になると思うと寂しくなります💦一緒に頑張って励ましあってきたクラスメートたちと伴読助手と丁寧に教えていただいた李先生に感謝しています💕またご縁がありましたら、よろしくお願いします❤️ Lishuangさん(@xinsina7)がシェアした投稿 - 2017 Dec 1 9:28pm PST
友達を大事に思い、先生のことまで気にかけてくれるあなたは、可愛い不思議ちゃんですね^^まだ... 友達を大事に思い、先生のことまで気にかけてくれるあなたは、可愛い不思議ちゃんですね^^まだお仕事を探しているところかな?作文を見るを有料化にすると言っていたのが可愛かったですよ。「今日は作文を書きません」と投稿するのもなんだか憎めなくて可愛かったですが、できれば毎日書きましょうね。日本語も上手で心も優しいあなただから、きっといい仕事が見つかりますよ。頑張りましょう。応援しています。 003黄利+D20+【花まんま】完読感想 先生のお陰で「花まんま」を完読しました。本の内容は悲しかったです。特に最後の3日の分を読んで私も涙が出て来ました。娘が事故にあって死んだときにおじちゃんは呑気に天ぷらうどんを食べていた自分が憎くて許せなくて、娘の供養ができるように、毎日牛乳やらジュースやらで、死ない程度に栄養だけをとって、生きています。筆者は文章の中で「マッチ棒のように」、「ガイコツみたい」「電話帳一冊くらいの厚み」などの言葉でおじちゃんの痩せ細った姿を描写していました。こんな姿を想像しておじさんの悔しさとか悲しさとかを分かるでしょ〜 普通は年命日に墓参りするけど、多分おじちゃんは娘の月命日に毎月も欠かさず墓参りに行っているから、それで、娘の生まれ変わりの人に通じて、夢の中ではっきり前世の事を覚えているのかもしれません。いろんなことを経ってやっと前世のお父さんが転生した娘に会いましたが、残念なのは何も変わらなかったです。亡くなった人より生きている家族のほうが辛いと思います。 今、経済発展で道路に車もずいぶん増えて来て、事故も増えてきた。「事故にあって亡くなった人の家族にとってどんなに悲しいか」、「生活を飽きて自殺した人の家族にとってどんなに悲しいか」、「悪い人に刺殺されて突然に亡くなった人の家族にとってどんなに悲しいか」......、皆さんも想像できるでしょ。だから、「運転手も運転する時は携帯を見ないで集中して運転するようにお願いします」、「どんな辛い事にあってもちゃんと生活して、命を諦めないで欲しいです」、「他人を刺殺する悪い人はいつかバチ当たると思います、あんな考え方をやめたほうがいい」。これから、皆さんも自分の為にも家族の為にもちゃんと生きてください。 Lishuangさん(@xinsina7)がシェアした投稿 - 2017 Dec 1 9:14pm PST
『人は生まれ変わることがあっても、過去に戻ることはできないのだから。』本当に素晴らしいこと... 『人は生まれ変わることがあっても、過去に戻ることはできないのだから。』本当に素晴らしいこと言いますね^^その通りだと思います。周りの人のことを大切にし、一日一日を大事に過ごしましょう。子供の頃に経験したことがとても似ているなと思いながら、あなたは私のことを心配くれて、先生の紹介文を投稿し、最後にさりげなくそして丁寧に「ちなみにうちの先生は独身です」と書いてくれましたね(⌒-⌒; )面倒見が良くて優しいあなたが大好きです。❤️いつまでもお幸せにね! 【014】上官+D20+写作+[花まんま]完読感想 一ヶ月にわたって朱川湊人の「花まんま」を完読しました。毎日友達と一緒に勉強することができて、本当に楽しかったです。 「花まんま」の最初の方で、作者はフミ子が生まれた時のお父ちゃんについて、微に入り細にわたるほど描写をしていた。私はお父ちゃんのフミ子への深い愛に深く感銘を受けた。でも、お父ちゃんは交通事故に巻き込まれて死に、またフミ子も病気になってしまい、突然性格が怪しく変わっていき、家族の生活が苦しくなっていった。 ここを読んでいた時、これは母親がひとりで子供を苦労して育てているストーリーだと思っていた。 ところが、そうではなかった。 生まれ変わった繁田喜代美がフミ子の身分で肉親を探し、特にガイコツのようなお父ちゃんを見ていたと読んだ時に、私の涙がいつのまにか流れ始めた。娘が死ぬ時、自分が何も知らないで天ぷらうどんを食べていた繁田おっちゃんは、こんな自分が許せずに、ジュ—スなどで死なない程度の栄養しか取らなかった。繁田喜代美のお父ちゃんも自分の娘を深く愛していると感じた。 このストーリーでは、フミ子のお父ちゃんは自分の娘に付き添うことができなかった心殘りを持って死んだ。繁田喜代美のお父ちゃんは娘が生きている時にちゃんと世話していなかったと言う、後悔の気持ちを抱いて生きている。とても悲しいストーリーだと思った。作者は「身の回りの人を大切にしてください」と私たちに伝えたかったのだと思う。人は生まれ変わることがあっても、過去に戻ることはできないのだから。 Lishuangさん(@xinsina7)がシェアした投稿 - 2017 Dec 1 8:18pm PST
忙しく働きながらも、毎日時間を抑えてちゃんと勉強しているあなたはとても素晴らしいと思います... 忙しく働きながらも、毎日時間を抑えてちゃんと勉強しているあなたはとても素晴らしいと思いますよ。今も通訳の仕事をされているようですが、このような立派な後輩を育てることができるのは、光栄に思えます。現場でどんどん輝いてくださいね。期待しています🌸 002+しーちゃん+D20+选做+【短篇写作】 题目:【花まんま】完読感想 最後の最後にやっぱり涙がどうしても止まりませんでした、今までの朗読で何回か泣きそうな気持ちになりましたが、何とか我慢できました、フミ子が兄貴にあんなに頼みこんで、彦根まで連れて行ってもらい、喜代美のお父さんに花まんままで作ってあげたのに、何で最後に痩せ細った老人に一言も言い出せなかったのでしょうか?何だか苛立ってしまいました。なお、文書の最後の第2ページのところに《ぽかんと開いたままの老人の口の奥から、嗚咽のような音が漏れ出た》この言葉を見た瞬間から涙がこぼれ始めました、あの老人がその時はきっとすごく辛かったのではないでしょうか。きっと思いに思った娘にもう一度会いたい気持ちをこれ以上に抑えきれなかったのではないでしょうか。痩せ細った老人にそんな辛い思いをさせるのなら、最初から会いにいかなければよかったのに、結末がこうなるとは思えませんでした。ここで兄貴の言葉を思い出しました。フミ子は自分のしたいことを、したい時に、したいだけする、それはまさしくこれだ。もう一方、兄貴は、お父さんに言われた言葉を心に刻み、一生懸命働いてくれたお母さんに傷を付けたくない気持ちも分からないでもないですが、ただその言い方はお父さんだった老人にとってはちょっと悲しすぎると思います。 Lishuangさん(@xinsina7)がシェアした投稿 - 2017 Dec 1 8:00pm PST