京都 関西 岡山 キネシオロジー 安藤晶子です。
時間はいくらあってもいいなーと思う今日この頃。あっという間に日にちが過ぎて、もう10月後半です。
秋の直感合宿を終えて10日が経ったとは思えないほど、その色は私の中に強く残っています。今日はその報告をしたいと思います。
そうそう、昨日、6日間滞在していた岡山から京都に戻ったんです。思い出しました。10月12日、岡山に着く直前、私は高速道路で号泣しました。
直感合宿が終わったのが8日。そこから、何かが引っ掛かったままで、「今回の合宿の大きな意味に行きついてないなー」と感じてましたが、その時、すごく大きな気付きが来たんです。
今回の参加者の皆さんとの共通の過去生。私たちは、広島で被爆した家族でした。私が母親で、あとの4人は子供たち。そして、合宿場所の丹波篠山は疎開していた場所でした。
疎開地から、広島の父親に会うため、一時的に帰ったところで原爆にあいました。だから今生で、広島中心部に行きにくい人ばかりでした。
過去生リーディングでは、「ピカにやられた」と言っていました。参加者の方のリーディングでも一瞬の強い閃光があり、そこからすべてが真っ白になっていました。
広島に残って働いている父親に、子供たちを会わそうとしたのは私でした。夏休みだし、お父さんに会いたいかなーと子供のために帰ったのもありますが、実は自分が主人に会いたかったのです。
なぜなら疎開地での暮らしは、気を遣うものでした。育ちざかりの4人の子供を連れて、主人の弟の家に居させてもらっていました。
それで、離れている主人に心から会いたかったのです。会えたら寄りかかりたかった、何より張りつめていたものを解きたかった、その気持ちが痛いほどわかりました。
私の大きな気付きは、「心から会いたい人に会おうとして、子供たちをも死なせてしまった。」つまり、「したいことをすると良くないことが起きる」と心の奥底に深く刻んでいることでした。
これはかなり深い所のものです。私は、大枠ではしたいことをしているのですが、会いたい人に会うという点が、極端に弱い・・実現しにくいのです。
そのことに高速道路で気づいて、私は泣きました。会いたい人に会おうとするときによぎる、自分の中の見えないバリア。もしくは、良かれと思ってすることが裏目に出るのではないか、という怖れ。
また、女性性にも関連しています。自分が母親として強くあれば、わざわざ主人に会いに帰らなくてもよかった、私のか弱さが子供たちの命まで奪ってしまった・・後悔は後を絶たなかったことでしょう。だから、今生では、しんどくても頑張ってしまう傾向につながります。
子供たちというのは、なんとなく合宿前にわかりました。この写真が必要だと感じていました。テキストにも入れておきました。
自分の子供とは分かりませんでしたが、日本ぽいなーと。また、初めての場所なのに下見もしないで、子供たちのしたいように楽しんでもらうんだ、それでいいんだ、とドキドキの初挑戦でした。
無意識に4人の子供たちの写真をたくさん撮っていました。あぁ、本当に愛おしい4人なんですね。
亡くなった時の年齢は、向かって右から小3男子、小1女子、中1女子、小5男子、でした。(上の写真)
小学校にも行きました。
ステキなカフェになってます。
合宿が始まると、予測不能な事ばかりでした。それを引き起こしたのは、なんと過去生で私の主人だった、合宿場所のオーナー森田さんです。
私たちのワーク内容を気にしつつも、いろいろと「よかったら、これする?」と提案くださって、おかげさまで普段できないような体験がたくさんできました。
どう考えても、私たちは、一緒に過ごせなかった夏休みのやり直しをしていました。
マツタケ探しにレッツゴー!
森田さんから教わったことはたくさんあります。とっても頼もしく、子供たちも私も、お父さんを完全に受け入れていました。
途中では、直感合宿を二人のファシリテートでやっているような気さえしました。
過去生で私の主人だった人に会うのは初めてではありませんが、あまりにも頼もしいので、私は本当に楽チンでした。まさしく女性のままでいられたのでした。
つづく・・










