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嫌われることを受け入れる。

 

 

(過去記事:嫌われることを受け入れるということは。)

 

 

そんな記事を書きました。

なんとなく続いてみます。

 

 

 

<嫌われるかもしれへん>

って思っても、これが私って表現する。

嫌うひとは嫌っていいよ。

私はこれでいくから。

これがいまの私なの。

 

 

 

何度も、

自分宣言。

 

 

 

それは、私を嫌う人を見るんじゃなく

好きなことをしている私を見る行為。

 

 

 

そうしたらね、

それをしている私を

見てくれる人が現れる!

 

 

ぽ(嬉)ありがとう。

 


 

完璧主義が発動し始めると、

たとえ満点を出せたとしても

いやいや審査員の体調が悪かったんじゃないかって

満点にすらケチをつけるような私たちだから(笑)

 

 

 

その都度、手放していこう。

間違うことでしか

分からないこともあるから。

 

 

 

で、本題。

 

 

 

(過去記事:嫌われることを受け入れるということは。)

 

 

 

天音らんというシンボルを嫌う人たちに

一生懸命エネルギーを注いでいましたが

その人たちに<関わらない>ようになりました。

 

 

 

「天音らんというシンボル」

という表現を使いましたが・・・

実際の私と、観られている私や、役割の私は

イコールではないことを知っているからです。

 

 

 

44歳で代表にさせられました

http://ameblo.mom/a-un-8/

 

 

 

実際の天音らんは、旦那さまが、

産後デブで超ぶさいくな私とか

(それでも可愛いと勘違い中、笑)

そこまで曝け出すかってほどに

そのまんま日常をだだ漏れさせているので

実際の私は何も隠してはいないんですが

それでも、お見せできている部分は

一部分でしかありません。

 

 

 

だから<天音らんというシンボル>

なのです。相手の世界の中に、

相手にとっての<天音らん>がいる。

それは良いことでも悪いことでもなく

そういうもん、です。

 

 

 

これが例え家族だとしても

表面的なコミュニケーションでは

自分を投影させたままになってしまい

相手のことは何一つ分からないのです。

 

 

 

このことを踏まえた上で「私」は

自分の世界に嫌いな人が現れたら

ラッキーチャンスだと受け取ります。

 

 

 

だって、投影ですからね。

私が勝手に、その人の側面に

「嫌い!」って反応するだけ。

本当に私が嫌った何か=その人

であるかは、分かりません。

 

 

 

全ての「私」を愛すると決めています。

私の世界に現れるものは、全部「私」。

嫌わず、分離せず、繋がりを求めます。

嫌いっていうエネルギーを、

自分の世界に存在させない在り方。

 

 

 

だから、

私の世界に現れてくれた人に関しては

とことんまで関わります。

ただ、私は依存しないし依存できないので

こちらにアクセスしてくれたら、の話です。

 

 

 

この場合の「依存するしない」って

ちょっと難しいんですが、

「依存しないし依存できない」のは

「私が私であるために相手を必要としない」

という意味。これは旦那様に対してもです。

「あれやってこれやって」

できないことをやってもらう

物理的な依存については

できる私に変容しまくっていますが(笑)

 

 

 

綺麗事を書きたいわけではないのです。

ものすごく自分勝手で

独りよがりな世界観について

さも凄いことのように語っているだけです。

 

 

 

<関わらない>を選択する以前の私は、

関わり続けることを選択していたので、

しかも「嫌われなくなかった」ので(笑)

私を好きでいてくれる人より

私を嫌っている人を優先する傾向があり

「いま相手が私を嫌っていること」を

なかなか受け入れられずに

「大丈夫だよ、好きだよ、怖くないよ」

伝わらず堂々巡りになることが多かったのです。

 

 

 

そうです、暑苦しくて傲慢なのです。

おまけに怖がりだし泣き虫だしすぐ怒るし。

「大丈夫だよ、好きだよ、怖くないよ」

人に伝え続ける人生を選ぶなんて、

どんだけ臆病で疑い深い性格なのかって話(笑)

 

 

 

自分がどうしようもなくお節介なのは

100も承知ですから

自分の世界に入ってこない人には

何もしないし何も言わないし

聞かれたことにしか答えません。

その上で、とことんまで関わります。

私に関わってきてくれたら、関わる。

あなたを絶対に見捨てないし、

私は全力であなたを愛します。

 

 

 

<関わらない>という選択を知らず

相手に嫌われていることが

受け入れられなかった当時の私は、

自分から私の世界に入ってきたのに

私のことを嫌いだという人に対して

「大丈夫だよ好きだよ怖くないよ」

延々とやり続けていたんですよね。

 

 

 

私が関わらなくなった人たちは

私のことを嫌ったのだとは

今も気づいていないのかもしれません。

好きでいてくれるのは知っていたし、

私もその人たちのことが大好きでした。

優しくて慈悲深い人たち。

できることならずっと関わっていたかった

私にとっても大切な人たちでしたから。

 

 

 

<天音らんというシンボル>

愛し続ける者であり、

関わり続ける者であり、

変化し続ける者であり。

生命の種、目覚め、開花の力、探究心。

どこまでも本質という光へ潜っていくのが

<天音らんというシンボル>なのです。

 

 

 

本質の光。魂の光。そこには、

絶対に感じたくない感情がありますし、

絶対に知りたくない大嫌いな自分がいます。

あなたはその自分のことが

愛せないし許せないので見たくありません。

<天音らんというシンボル>は、

それらを浮き彫りにします。(迷惑だね、笑)

 

 

 

だって私は

どこまでも醜い自分を

愛し許し受け入れてきたし

誰のせいにもしないし

自分で世界を創っているから。

 

 

 

私が関わらなくなった人たちは、

私を愛したかった人たちなのです。

自分を愛するよりも私を愛そうとした。

とてつもなく良い人たちで

素敵な人たちだったから

関わらない(優先しない)という選択は

とてもとても勇気が要りました。

でも自分に嘘がつけなくなってしまった。

 

 

 

嫌われることを受け入れるというのは、

親離れでもありますね。

私のことは、私が愛するから大丈夫。

私であるためにあなたを必要としません。

 

 

(過去記事:【東京反転の儀】歓喜の世界へと)

 

 

懐かしいエネルギーですが、

今でもとてもパワフルですね。

 

 

 

週末はオープンヒーリング。

月末はセクシュアリティワーク。

ずいぶん景色が変わりましたけど

穏やかな日々はいつも同じ。

 

 

 

みなさまお元気ですか?

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