麺は世界の食事文化を映す鏡なのである。
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【おことわり】
この本では「麵」の文字を使っていますが、ネット上では正しく表記されない可能性があるため「麺」の文字を使っている事をご了解ください。

「ラーメン」をテーマにした書籍を読み込む中で、もっと深いテーマで研究している先達に出会う事があります。その筆頭に紹介したいのが、文化人類学者・民族学者の石毛直道さん。食文化、中でも麺文化について造詣が深い方です。
この本は、1991年にフーディアム・コミュニケーションから、1995年に講談社文庫から出版された『文化麺類学ことはじめ』を改題補筆して2006年に出版されている。世界各地の「麺」の歴史に注目した本だが、日本以外では「麺文化の研究」はそれほどなされていないそう。文庫本としても厚みのある約400ページ、12章にわたる大作だが、専門的な予備知識のない一般の読者でも気軽に読めるようにまとめられている。
第1章は「麺のふるさと中国」。小麦を粉食にした歴史を持つ中国で、「麺」とその上位概念にあたる「餅」についてから話が始まる。とはいえ、日本と中国での「麺」と「餅」という言葉が持つ意味も異なり、その点も丁寧に説明している。北京などで「麺条」と表記される日本の「麺」は、水餃子や饂飩(日本でいうワンタン)と共に「湯餅」の一種であり、「蒸餅」「焼餅」「油餅」と共に「麺料理」と呼ばれている。
次の章では「麺つくりの技術」。手延べ麺をはじめ、押し出し麺や切り麺についても、現地での麺作りの様子を豊富な写真入りで紹介している。その次の章は「日本の麺の歴史」。歴史資料から、日本で初の麺とされる「索餅」を再現し、そこから「そうめん」「うどん」、そして「ソバ」へと繋がっていく。中でも、江戸時代初期には「うどん・そば切り」だった看板が、中期には蕎麦屋がうどんも提供するようになったという、江戸での変遷は興味深い。
中国と日本の麺料理の紹介で全体の4割ほどを進んだ後、話は更に広がっていく。「朝鮮半島」「モンゴル」「シルクロード」「チベット文化圏」「東南アジア」を紹介し、第9章で「アジアの麺の歴史と伝播」として、アジアの麺料理を一旦取りまとめた後、10章では「イタリアのパスタ」を紹介。
アジアとイタリアの間に漂う「ミッシングリング」についてを、1章かけて検証している。マルコ・ポーロが麺を東洋からイタリアに伝えたとする説があるが、『東方見聞録』に麺と思しき記載がない事から、著者はそれを作り話と判断している。しかし、シルクロードを陸路沿いに、民衆の台所から台所へと、麺がイタリアへと伝播したのではないかとの説を提示している。そしてそれは、中国から伝わっていったであろう麺文化を、パスタとして花開かせたイタリアへの称賛で結んでいる。
あとがき的に書かれた最終章の「あらたな展開」では、外食産業の広まりによる機械製麺の導入が、麺の普及に大きな影響を与えた点を指摘している。明治期に日本で初めて発明された製麺機が、同じ頃に日本に導入された「ラーメン」にも、大きな影響を与えている。そして、世界に麺料理を一気に普及させた品として、「インスタントラーメン」が登場する。中でも、ベトナム戦争を戦った双方が、インスタントラーメンを食べていたという記述は興味深い。
世界各地の食事の中で、主食は料理としての加工の幅が狭い為、各地の文化を知るきっかけになりづらい。そんな中にあって、麺料理だけは世界の食事文化を比較する「示準」になると、著者の友人で作家の小松左京さんが語ったという。各地に麺料理が広まっていく過程を検証するという意味では「ご当地ラーメン」は興味深い対象になるという。それぞれの地域の特徴を取り入れ、中国生まれの麺が郷土料理になっていくという「文化変容」に、ラーメンがどのような役割を果たしているか、私もそのような点を調べられればと思っています。
