何気なく使う言葉はその人の本質をを映し出す鏡であり、雄弁に語る物語なのですー。
さて今回は...
うざい。
うざい。
使ってますか?
世代的にこの言葉に馴染みのない方は、子供がしょっちゅう使っていたり、YouTubeの動画や職場で若い世代の人が使っているのを聞いたことがあるかと思います。
うざい。うざっ。
この言葉を聞くとなんだか嫌な気持ちになりますよね。
うざいというのは、状況に対して説明する言葉というより、人に対して表現する言葉のようです。
- 承認欲求が強いアイツはうざい
- 自慢話ばかりする上司がうざい
- かまってちゃんの女友達がうざい
- 〇〇大卒の彼が人を見下す態度がうざい
というようにー
「うざい」という言葉は、「嫌い」より主観的なものではなく、他者と同じ認識を共有できる言葉です。
「承認欲求が強いあの人嫌い」
という表現は個人的な感情を表していますが
「承認欲求が強いあの人うざい」
は、個人的な感情を越えた客観的な事実として、ある人を表現しているのです。
その意味において「嫌い」より「うざい」の方が、はるかに強く暴力的な言葉と言えるでしょう。
「空は青い」という事実と同様に
「あの人はうざい」というのは確定したことで、覆しようのない歴然とした事実なのだ!
という主張が「うざい」を使う背景に垣間見えるのですー
なぜそこまで強く主張する必要があるのかというと、それだけ現代人は自分自身の感覚、自分の考えに自信を持てないからではないでしょうか。
SNS全盛の時代、自身の考えや感覚は簡単に他者の悪意のあるコメントで覆され、バカにされ、晒されます。
こんなことを思っている自分はおかしい
こんなふうに感じるのは異常ではないか
と、つねに他者の評価や承認を気にしてしまう現代人の心理。
「嫌い」より「うざい」という言葉を用いて、
わたしの認識は主観的なものでなく、誰しもが同意する事実なのですよ
と他者の承認を求める心理的な背景があるのではないでしょうか。
「うざい」という言葉を使わない世代の大人が(少なくともわたしは)、若い世代の人の「うざい」に嫌な感じや違和感を覚えるのは、自身がリアルに感じる感覚や考えの固有性を放棄して
みんなおんなじに思ってるはず!
という暴力的な同意、押し付けを感じるからではないでしょうか。
だから
「承認欲求が強いアイツはうざいさ
と言ってる本人の方が、実際は無意識で他者の承認を求めているわけです....
うざいのは誰か?
うざいという言葉を使っている当人なのだと、おばさんは感じている今日この頃です。

