こんにちは!AIKOです。

 

 

 

本日はブログにお越しくださり

ありがとうございますニコニコ

 

 

 

ちょっと間が空きましたが

エネルギー的引きこもり生活の

続きを書いて参ります。

 

今回からタイトルを変えてみました!

 

 

 

これまでのブログはこちら下矢印

生存報告

引きこもり生活(エネルギー的)を振り返る①

引きこもり生活を振り返る②

引きこもり生活を振り返る③

引きこもり生活を振り返る④

 

 

 

これまでの振り返り

とあることがきっかけとなり
自分には相手のエネルギーを読み
そのエネルギーに合わせるクセが
あることに気づきました。
 

そして、自分の中に他者エネルギーが

溢れていることを自覚した私は

他者エネルギーを徹底的に抜くべく

 

・人と会わない
・基本連絡も取らない
・SNSは見ない
・集合意識が関与していそうな媒体は見ない
・人が多い場所には行かない

 

ということを意識的に実践しました。

 

 

 

 

前回、エネルギー的な引きこもり生活に

入ったところまで書いたのですが

この生活をまず半年くらい続けたかな?

 

 

 

とにかく自分だけを意識して

何をするにも

これは本当に私の意思だろうか?

ということをしつこく問いかけました。

 

 

 

すると、今までの自分の行動や

思考パターンに違和感を

感じるようになったんです。

 

 

 

 

 

 

 

そのきっかけとなったのは

とあるレビューサイトの書き込みでした。

 

 

 

そこには私自身も見たことがある

アニメの感想が書かれていました。

 

 

ちなみに、私が見た時の感想としては

「面白かった」でした。

 

 

 

 

でもそのレビューサイトには

「あのアニメは面白くないわー」

書いてあったんです。

 

 

 

 

そこで私が思ったのは

 

そっか。

あのアニメって面白くないんだ。

でした。

 

 

 

 

本当に何気なく、

反射的にそう思ったんですけど。

 

 

 

次の瞬間

いやいや、おかしいでしょ!!

とハッとしました。

 

 

 

だって、私がそのアニメを見た感想は

「面白かった」だったんです。

 

 

 

なのに、見ず知らずの人が書いた

「面白くなかった」という言葉を見ただけで

自分の考えを無かったことにした。

 

 

 

 

あまりにも自然に

他者の感情>自分の感情

という図式が成立していたので

自分でもびっくりして。

 

 

 

そこで気づいたんです。

私はこれまでずっとそうだった

ということに。

 

 

 

 

 

 

自分と他者が感じていることが

異なっていた場合

私はまず自分の感情に蓋をして

無かったことにします。

 

 

そして、その蓋に「他者の思考」を

上塗りします。

 

 

 

(本当はこう思っているけど)

あの人がそういうならそれが正しいのだ。

といった感じでしょうかね。

 

 

 

これまでのブログで触れましたが

私は他者のエネルギーを読んで

そこに合わせていく癖があり

 

それが常日頃から発動しているので

相手の考えを察知した瞬間に

そこにシューっと自分を

合わせてしまうんです。

 

 

 

 

それを繰り返して行くうちに

(本当はこう思っているけど)

の部分が無くなってしまって

 

自分の元々の考えも忘れてしまって

他者をトレースした仮の感情を

自分の感情だと思い込むようになりました。

 

 

 

 

だから、今回のように

他者の考えが自分と異なっていた場合

他者の考えを正とし

自分の考えは無かったことにします。

 

 

 

今回は非常に分かりやすかったのですが

明確に「正い・正しくない」と分けられない

思考パターンや感情においても

それを行なっていました。

 

 

 

一見、そうではないように見えたり

自分の意思で行動したように見えたことでも

深堀して行くと

そこにはやはり他者の思考が関与していて。

 

大袈裟かもしれませんが

本当に0から100まで…

という感じでした。

 


 

なんでこうなっちゃったかな!?と

考えたのですが…

 

 

要因は色々あるものの

他者への共感力・トレース力が強すぎること。

そして自己肯定感の低さだよなあ…と。

 

 

 

本当は自分自身の想いがあるのに

「それは違うんじゃない?」とか

「私はこう思うけど」と言われたり。

 

 

何なら言葉にされなくても

その「否定」とか「異なる」といった

エネルギーを感じ取ってしまうんですよね。

 

 

 

そして自己肯定感が低いので

自分はいつも間違っている

他者が正しいから合わせなければ…と

自分を否定して相手をトレースすることが

習慣化していました。

 

 

 

 

この『自己肯定感の低さ』+『トレース力』という

二つの要素の相性が良すぎたもので

がっちりと自分の中に入り込んでしまっていた。

 

 

 

このからくりに気づいた時に

ああ、もうやめなければ、と思いました。

 

 

 

 

しかし、今回の件で痛感したのは

これ系のからくりに関連しているのは

家族・知人・友人などの

近しい人が対象だと思っていたんですけど

 

今のご時世は

見ず知らずのネットの中の人も

対象に入ってくるのか…!!と。

 

 

 

令和ってすごいですね!!!(?)

 

 

 

自分に近い人だったらまだしも

見ず知らずの通りがかりの人が

気まぐれに投げた言葉によって

自分を無くすなんて

とんでもないことだよなーって。

 

 

 

ネットもSNSも便利ですが

今の私のトレース加減だと

一旦見るのをやめた方がいいなと思い

そこから、ぱったりと見るのをやめました。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとね、ブログを書きながら気づいたのですが

私は「他者と違う」ことがとても怖いです。

 

 

 

思い返せば物心ついた時から

「人と違ったら排除される」という

恐怖と共に生きて来ました。

 

 

 

それは、もちろんリアル世界の

女性同士の見えないルールとか

社会の常識とかを

気にしていたこともありますが

 

過去世でもそういう経験を

飽きる程して来たからだと。

 

 

 

はみ出したらやられる、

目立ったら引き摺り落とされる。

だから人と同じでいなければならない。

 

 

 

なので、他者をトレースして

人と同じように生きることは

ある意味処世術だったかもしれません。

 

 

 

でも、もう限界というか。笑

 

 

 

引きこもって気づいたのですが

人って本当に様々なタイプがいて

性格も魂も肉体も同じ人なんている訳がなくて。

 

 

 

よくよく考えてみたら

宇宙にはたくさんの生命体がいて(多分)

それぞれの出身地(次元とか星とか)も

人間には認識できないほどの数が

あるんでしょうし。

 

 

なのに、それを全部ひっくるめて

「同じ人間」と識別するのは

自分にも相手にも

何だか失礼な話だよなーと真顔

 

 

 

だから、「皆と同じ」で生きるなんて

さらさら無理な話だよなーって

気付いてしまいました。

 

 

 

『他者と違うことは当たり前』

 

 

これ、言葉にしてみて思ったけど

本当に当たり前ですね…!!

 

 

当たり前すぎて震えます!!!笑

 

なぜ今まで人と同じでいようとしたのだろうか。

 

 

 

そして、自己受容ができれば

自分と違う他者も理解し

受容できるようになるかもですし。

 

 

自分を取り戻してみたら

また違う世界が見えて来るのかもしれません。

 

 

 

それでは、ここまでお付き合いくださり

ありがとうございました流れ星