私なんかいないほうがいいんだ、ここに居てごめんなさい。 | 愛を学びなおし、人生を生き直す 20代引きこもりの子を持つ母親の人生再起動

愛を学びなおし、人生を生き直す 20代引きこもりの子を持つ母親の人生再起動

20代の子どもの引きこもりに悩む50代・60代のお母さんへ。子どもを変えようと頑張るほど苦しくなるのはなぜでしょう。このブログは、愛と執着の違いを学び、自分の人生を取り戻していくための場所です。

おはようございます、安藤ひさこです。

 

昨日は娘の習い事もあったのですが、午後は私の勉強会に娘に付き合ってもらいました。

 

その中で感じたことをお話しますね。

 

 

私は自分を知るということを学んで、自分が作ってきた無意識の関わりの鋳型を知りました。

 

そこを変えていくことで見えている現実のとらえ方が変わってくることを知りました。

 

そうして自分が自分の人生の主導権、自分が選んでいいんだということを取り戻すことができたと感じられるようになりました。

 

誰かのせいにする生き方をするのではなく、自分がどう生きたいかで生きる。

 

それに気づくことができてよかったと思っています。

 

 

 

自分の生まれ育ちのなかで抱えてしまう思いは根深いもの。

 

しかも自分が子どもの頃に無意識に取り込んでしまって、それが自分の関わりの鋳型として根付いてしまっている。

 

私の一番大きなものは

 

「私なんかいないほうがいいんだ。ここに居てごめんなさい」

 

そこがベースになって、目立ってはいけないとか、余計なことを言ってはいけないとかを持っている感じです。

 

 

日常の小さなことでも無意識にそのように思ってしまっている自分がいました。

 

 

 

だからね、今思えば「私はここにいちゃいけない」って思いで行動するので事実はそうなっていく。

 

そのような現実しか自分の前に出てこないとずっと思っていました。

 

だから何か人間関係で悩むことがあれば

 

・「私はここにいてはいけなんだ」と縁を切ろうとする。

 

・人と離れようとする。

 

・関わりを避けようとする。

 

・深くかかわることが怖い。

 

・深くなりそうになると逃げたくなる

 

若いころの恋愛も友人関係ももろにそれ。

 

 

その反面「母のせいでこうなった」「姉のせいでこうなった」と自分以外の誰かのせいにしていました。

 

自分がなかった。

 

自分を出すことがこわかった。

 

自分を無しにすることでどこかに居ようとしていたのかもしれない。

 

 

そのときのその思いは、そうとしかできなかったんだけどね。

 

だから否定もしない。

 

 

でもね、娘が生まれたときに強く思ったのです。

 

この子に同じものを引き継がせたくない。

 

そういう致し方ない血縁のなかで続く思い込みみたいなものは私で止めたい!

 

自分以外の誰かのせいにするとか、人に許せない思いを抱く生き方はやめたい!

 

 

その思いが昨日書いた「あぁ~私を生きたい!」になりました。

 

 

 

過去はこうだったとしても、今どうしたいか?

 

色々な条件はあるけれども、私はどうしたいのか?

 

そんな生き方を小さなことからやってみる。

 

 

少しずつ自分に矢印を向けることができるようになり、自分の心の声を聴けるようになりました。

 

 

何も大それたことではないのです。

 

日々の小さな出来事もその人の人生を作っている。

 

取るに足らないっておもわれがちな小さなことこそ、むしろ今までの自分の鋳型がでるもの。

 

日々の小さなつぶやきこそ、その鋳型そのもの。

 

だからその小さな日常に自分がどうしたいかに気づいていく。

 

私はそんなことをずっとしています。

 

でもそのおかげで20年前想像していたものとは違う現実がいくつもあります。

 

 

相手が言ったことがどうこうではなく、自分がどうなりたいかに気づく、考える。

 

自分が自分の人生を生きたいんだ!って気づいたら、その人の本当の力が湧いてきます。

 

「私はいないほうがいいんだ」を越えて、私がここにいる歩みに変わるのです。

 

 

 

「今ここから」生きなおす、選びなおす。

 

それはその人にしかできません。

 

その歩みを応援したい!

 

それが私の願いです。

 

 

小さな日々のことから、自分を生きる歩み、一緒に積み重ねていきましょう。