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私の周りや、クライアントさんの中にも、親の老いに対して怒りが湧く、と言う人がいます。
この心理は何だろうか?と、考えてみました。
親が年を重ねていくにつれて、今まで出来ていたことが出来なくなったり、同じことを何度も聞いてきたり、話が噛み合わなくなったりすることがあります。
そんな時、ついイライラしてしまう。
「なんでそんなことも分からないの?」 「何回言ったら覚えてくれるの?」 「しっかりしてよ!」
そんな言葉が口から出てしまい、あとで自己嫌悪になる方も少なくありません。
でも、この怒りは本当に“親に対する怒り”だけなのでしょうか。
心理学では、怒りは「二次感情」と言われています。
つまり、怒りの下にはもっと繊細な感情が隠れていることが多いのです。
親の老いにイライラする時、その奥にはどんな気持ちがあるのでしょうか。
親が弱くなることへの不安と恐れ
子どもにとって親は、無意識のうちに「守ってくれる存在」「頼れる存在」です。
たとえ大人になっても、その感覚は心の奥に残っています。
だからこそ、親が弱っていく姿を見ると、
-
「この先どうなるんだろう」
-
「親が居なくなる日が来るのかもしれない」
-
「もう頼れないのかもしれない」
そんな不安や恐れが湧いてきます。
親がいつか先にいなくなる事は分かっていても、いざ、現実として突きつけられるとこの感情が湧いてくるのは自然な事でもあります。
また、人は不安や恐れをそのまま感じるよりも、怒りとして表現する方が楽なのです。
昔は何でも出来た親。
頼もしかった親。
自分を育ててくれた親。
その姿が少しずつ変わっていくことは、実はとても悲しいことです。
けれど私たちは、大人になると「悲しい」「寂しい」と素直に表現することが苦手になります。
その代わり「しっかりしてよ!」という怒りになってしまうことがあります。
本当は怒っているのではなく、悲しんでいる。
そんなことも少なくないのです。
親はいつまでも親でいて欲しい。
これも自然な感情ではあります。
子ども時代の未解決な思いが刺激される
親との関係には、長い歴史があります。
「もっと認めてほしかった」 「話を聞いてほしかった」 「愛してほしかった」
そんな思いが心のどこかに残っていると、親の老いによってそれが刺激されることがあります。
なぜなら、親が老いていくことで、
「もう分かってもらえないかもしれない」
「もう話を聞いてもらえないかもしてない」
「もう昔のような関係には戻れないかもしれない」
という無念さが出てくるからです。
すると、その無念さが怒りとして表れることがあります。
親の姿を見ながら、
-
「私もいつかこうなるのか」
-
「私も衰えていくのか」
-
「人は必ず老いていくんだ」
という現実を突きつけられます。
それは誰にとっても、簡単に受け入れられることではありません。
親への怒りのように見えて、実は自分自身の老いや無力さへのがっかり感や恐怖でもあるのです。
また、実際問題として、親が老いていくということは、
介護をしなくてはいけないなど、自分に大変さが降りかかってくるのでは?という恐怖もあると思います。
先が読めない、というのは大きな不安でもあります。
この不安に関しては、
行政ではどんなことをしてもらえるのか、
実際に経験した人に話を聞くなど不安を具体的にしていくことで少しは解消されると思います。
知らない、わからない、ということが不安を大きくします。
怒りが湧いてくるのは、裏側に、恐れや悲しみ、がっかり、無力感など、感じたく無い感情があるということはわかっていただけましたか?
では、どうしたらいいのでしょうか。
大切なのは、「怒ってはいけない」と我慢することではありません。
まずは、
「私は今、本当は何を感じているんだろう?」
と自分に問いかけてみることです。
例えば、
-
「お母さんが弱っていくのが怖かったんだな」
-
「もう前みたいには戻れないのが悲しかったんだな」
-
「私、一人で頑張ろうとして苦しかったんだな」
こんな感情が出てくるかもしれません。
そして、その気持ちに対して、
「そう感じていたんだね」 「怖かったね」 「悲しかったね」
と、自分で自分に寄り添ってあげる。
すると、怒りだけが前面に出ていた状態から、少しずつ心が落ち着いていきます。
私も母の老いを間近で見てきました。
母親が弱ってきたな・・というのを感じ出した時、その頃はこの学びをする前だったので、
やっぱり私もイラッとしたり、怒っていた時期もありました。
それを面と向かっては言わない私でしたが・・w
それを過ぎたら、怒ってもどうにもならない、というのが腑に落ちてきて、
その後は、悲しみが襲ってきました。
横断歩道を渡るのにも、私にしがみついてゆっくりとしか歩けない、
こちらが話したことで、こう返ってくるだろう・・、と思っても、違う答えが返ってくる。
足腰が弱ったことよりも、会話のキャッチボールができなくなった事が一番悲しかったです。
母の姉である叔母はしっかりしていて、今でも普通に会話できるのですが、それがとっても羨ましいという気持ちでした。
人が老いて、今までとは違う姿になっていく、というのは、避けられないことです。
だから、親を怒りで変えようとせず、
この出来事をどう受け止めようかという受容の気持ちが大事だと思うのです。
親の状態を受け入れる事で、親も自分も楽になると思います。
親からすると、怒られる、ということは否定なので、ストレスにもなりますしね。
だから、老いていく親に対して怒りが湧く時は、
まず、自分にどんな感じたく無い感情があるんだろう?と、心の中を見ていく事。
そして、その感情に寄り添う事。
親に対しては、ダメな人、困った人、という扱いではなく、最後の時を迎えるまで、ありのままの姿を尊重して接してあげて欲しいです。
自分が最後の時を迎える時に接して欲しいやり方をやってあげられたらいいな、と思います。
もう寂しくはありません。
この自分で大丈夫と思えたら
新しい世界に踏み出すことが出来ます。
そんなお手伝いが出来たら嬉しいな、と思います。
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