いよいよあと三週間でラオスリトリート。
今からもう、かなり楽しみです。
まず悩ましいのは、恒例の「旅ノートをどれにするか問題」!
前回のラオスでは、「ラオスといえばグリーンでしょう♡」と聖域と繋がるノート「Perfect days」を持っていった。
多分「ラオスにいったい何があるというんですか? / 村上春樹著」の文庫版の表紙がグリーンだからだと思う。
これが驚くほど正解でした♡
ラオスの自然、木々の濃淡、湿った空気、乾いた空気、どんな風景にもすっと溶け込み、写真を撮っても、開いて書いても、いちいち心地よかった♡
でも一度行ってみて思うのは、このイエローもラオスに合うと思うのだ。どうしよう。
そんなことを考えていたら、ルイ・ヴィトンのメルマガで、またしても旅心を刺激するノートを見つけてしまった。
「ダージリン」という名のこのシリーズ、本来はインドをイメージしているのだろうけれど、これがどう見ても、ラオスにも合いそうなのです。
ただし問題が。
ノートを買ったら、きっとパスポートケースも、ペンケースも、お揃いにしちゃいそう。
私はこれまで、「ノートだけのつもりが、気づけばフルセット」という流れを、何度も繰り返してきた。
結果、手元にはノート、ペンケース、パスポートケースが、増殖している。
私の旅の楽しみ方でもあるんだけれど、本当に悩ましい🥹笑
「聖域と繋がるノート」のオリーブグリーンとサンフラワーイエローは、夏をイメージして作ったものです。だから、暑い国にはよく似合うと思う。
でも今回、「ラオスにはイエローも合いそう」と感じるのは、おそらく寺院を巡ったからだと思う。
寺院の、黄色くペカペカした仏像たちに、とってもよく合いそう。
今回の旅でも、私が一番楽しみにしているのは、やっぱり仏像に会うことなんだ♡
日本で仏像を見慣れていると、アジアの仏像の「宇宙人感」は、なかなか衝撃的。
私はこれまで、カンボジア、インド、タイなどでも仏像を見たけれど、ラオスの仏像は、群を抜いてゆるい。
宇宙人というか。ウルトラマンというか。ドラゴンボールというか。
私はラオスで最も美しい寺、と言われるところに行ったのだけど、こう言ってしまうとなんだけど、なんか、一般的に言われる「ありがたみ」みたいなものがない。なんていうのかなぁ。チープ感というか、オモチャ感がありすぎて。
「ラオスにいったい何があるというんですか?」表紙の仏像に出会ったときは、脳内で「掴もうぜ♪ドラゴンボール!」とテーマソングが流れた。
ナーガ(蛇神)が、瞑想中のブッダを、急に降り出した雨から守っているシーン。
これもなんか面白いんだよなぁ。
どうして、こんなに宇宙人ぽいんだろう。
天蓋もちょっとエジプト感もあり…
やっぱり日本への伝達と違って
ちょっとシルクロード感があるというか。
京都や奈良で慣れていると、本当によく分からなくなる。
きっとそれはゆるい顔のせいだと、私は思う。
みんな、ちびまる子ちゃんに出てきそうな、妙に愛嬌のある表情をしている。
あと、とっても不思議な体つきだ。
※象牙は今は禁止されています
なんともゆる〜いお顔
なんで日本は、ああなったんだろうか。
なんで日本だけ、あんなに芸術的に凝り出したんだろうか。
日本の仏像は本当にレベルが高いと思う。
日本の仏像の「完成度への執着」は、異常な程だと思う。
尊く、美しいお顔。しなやかな体つき。
一切の妥協を許さず、理想を追い続ける姿勢。
あれはもう、信仰というより、職人の執念に近い。
しつこく、しつこく。
一方、ラオスの仏像には、「このへんで十分」という、おおらかな宇宙的判断がある気がする。
どっちが良い、悪い、ではないけれど。
何度見ても
「どうしてここで完成にしたんだろう?」
「誰が、この辺でまあいいか、って事にしたんだろう?」
「ここからもっと発展させる人は、誰もいなかったんだろうか」
って日本人の私は思ってしまう。
「美」とは
「芸術とは」
そんなものが、がっちり刷り込まれている気がして、
そう思う自分がなんか、苦しく感じたのだ。
鼻を失っても満足気なお顔
不思議な体つきの仏像たち。
ネジのような螺髪、固そう
荘厳さとか、畏怖とか、祈りの重みとか、そういう「正しい仏像」を期待して行くと、
ラオスの仏像は、ことごとく肩透かしを食らわせてくる。
なんというか、本気で悟ろうとしていない顔をしてるっていうか。
日本の仏像が
「あなた方を悟りに導きます。正しく生きなさい」
という尊い顔をしているとしたら、
ラオスの仏像は
「悟り?まぁまぁ。そんなにちゃんとしなくていいよ」
と縁側でお茶を飲んでいるおばちゃんみたいな感じ。
だから、ありがたみがない。
でも、拒絶感もない。
緊張しなくていい。
拝まなくても怒られなさそうだし、正解の祈り方をしなくてもよさそうで、
なんなら、「写真撮る? どうぞどうぞ」って言ってくれそうな空気がある。
不思議な体も、たぶんそのせいだ。
比例がおかしくて、重力を無視していて、どこか二次元のアニメみたいで、「この世のルール」に従っていない。
良い悪いもなく、天国と地獄もない感じ。
だから、ありがたみがない代わりに、妙に心がゆるむ。
信仰というより、思想というより、生活に、私に、近い仏像。
ちびまる子ちゃんに出てきそうな顔で、宇宙人みたいな体をして、ウルトラマンとドラゴンボールのあいだくらいの世界観で、
「まあまあ。いいんだよ。人生、そんなもんだよ」
そう言われている気がして、私はその「ゆるさ」を、とっても「いい感じ♡」って思った。
両手を差し出している仏像が
「さぁ♡ 私たちはひとつだよ」
と言っているように思えた。
直接は触れないけれど、両手をかざしてみた。
とっても、とっても、熱かった。
本当に一つなんだ!
って体で思った。
ラオスのゆるい仏たちは、
救済しない。
導かない。
裁かない。
ただ、最初から分かれていない前提で立っている感じがする。
だから熱かったんだと思う。
エネルギーが強い〜とか、波動が〜、とかではなく
単に境界が薄いから。
「あなたはここ、私はそこ」
という線が、最初から引かれていない。
もう中にいる。
その感じを、また体で感じたい。
ちゃんとしてない自分。
悟れてない自分。
だらしなくて、俗っぽくて、それでも生きてきた自分。
それを、宇宙人みたいな顔の仏像が、両手を広げて「それでいいよ♡」って受信してくれる。
力んで悟りを目指す場所じゃなくて、力を抜く許可をもらう場所。
ラオスのペカペカの寺院は、そんな感じがしたんだ♡
獅子、可愛すぎるんですけど🤣
アジアにいると、ヨーロッパにいるときよりも、体に対して、ぐっと敏感になる。
それがアジアの持つエネルギーだと思う。
この肉体を客観視するというか、「自分の大切なアイテム」としてすごくいたわる気持ちが湧いてくる。体への感謝が内側から湧いてくる。それがとっても不思議。
源とつながる感覚が、とても自然にある。
だから、たまにアジアに行って体取り戻すといいと思う。
気持ちよさって何か、思い出す。
呼吸。触覚。香り。本当に、五感がひらく♡
ラオスで手帳の五感ワークを書くのも、とっても楽しみにしてるんだ。
土偶のようなお顔の涅槃像♡
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