8年前に亡くなった父が病床で

しみじみとこんなことを言ったことがあった。

 

 

今までは「山村さんのお嬢さんですか?」だったのが

「さきこさんのお父さまですか?」って言われるようになった。

世の中どうなってる?

逆転したんだよ。

 

(山村は私の旧姓)

 

 

 

当時FacebookやTwitterなどSNSの台頭で

実際に面識がなくてもSNSの中で気軽にコメントするのが普通になった。

 

私はSNSを使って女性性や設定変更を発信し

ブイブイ仕事をしていてどんどん認知度が増えていった辺りだった。

 

SNSで父に繋がってしまうことも多く(父も病床でSNSを楽しんでいたので)

私のフォロワーが父にコメントをしたり

メッセージを送ったりすることもあったらしい。

 

 

 

 

私はその

 

世の中どうなってる?

逆転したんだよ。

 

という父の言葉がずっと引っかかっていた。

 

 

 

それは寂しいってことなのか

悲しいってことなのか、

病気でもう寝たきりで働けない事に対しての諦めなのか?

 

 

 

 

 

私は今年43歳になるのだけれど、

40歳の誕生日を越えたあたりから、「これまでとは違う」ことを肌ではっきり感じるようになった。

 

 

私は素材的に組織が苦手で、会社の中など、年功序列の縦社会にいない生活をずっと送っているせいか、日常生活の中ではっきりと感じる。

 

 

 

それはつまり

 

もう若くない

 

っていうこと。

 

 

これを言うと、世間ではすごくネガティブに取られることが多い。

嫌な顔をする人もたくさんいる。

 

でも私が「もう若くない」と思うことは、ネガティブな意味で言っているわけでは全くない。

事実として「40歳である」という話で、事実として40歳は30歳より若くない、これまでのように若くない、という話なんだ。

(もちろんそれは、これからの人生で今が一番若い、と同義)

 

 

 

先日、京都で一人暮らしをしている長女から成人写真が送られてきた。

私があれこれしなくても、友達同士で自由に色々決めて撮ったらしい。

 

もっと何も出来ないと思っていた。

アルバイトしてお金を稼いだり、一人も知り合いがいない中、一人で生活したり、出来ないと思っていた。

 

自分の娘が、自分が娘を産んだ歳に近づいていく。

(私は23歳の時、この子を産んだ)

 

 

 

 

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最近、あの時の父の気持ちが分かってきたような気がする。

 

 

 

逆転したんだよ

 

 

そのまま表面上で聴いたら、寂しさや諦めのように感じられる父の言葉が

すごく引っかかっていたのは

 

父のその言葉の中にきっと、安堵のような気持ちを感じたからだと思う。

 

言葉のイメージとは全然違う深い愛情のような、

私を一人前と認めてくれるような、そんな感じのものがこもっていた。

そのギャップが引っかかっていたんだと思う。

 

 

 

 

 

昨年、うっかり信号無視をしてしまい、違反切符を切られた。

その時私を取り締った警察官が、自分よりずーっと若い、野球部員みたいな男の子だった。

なんだか、自分の子供に叱られてるような情けなさと恥ずかしさを感じた。笑

 

 

先週、参観日に行った下の娘の新しい担任の先生が24歳の男の子だった。

授業を参観しながら、教室内が、うちの家の中のように感じた。

教室内が、うちの子兄弟たちが楽しく遊んでる感じに似ていた。

(だからか、うちの子の授業態度がすごく悪く感じてモヤっとした!それは先生に対する態度というより、お兄ちゃんに対する態度と同じような感じだったからだと後から気づいた。笑)

 

 

昨日夫の友人関係と食事に行った際、二次会で行ったお店のママが子供達と同じ世代の女の子だった。

夫が自分の友人を「今度連れてくるよ、絶対いいお客さんになると思うよ」と紹介したのだが、その方の息子がすでにそのお店のお客さんだった。「親子丼はやめてよ!」と言うお決まりのセリフが飛び交う。笑

 

 

最近、知り合った起業家の男の子が、自分の息子と同い年の18歳だった。

すごくいい仕事をしてくれて、取引先になったのだけど、これまで経験したことのない、すごく不思議な、初めての感覚。

自分の子供達と同じ年代の子と仕事するようになったんだ。

 

 

 

 

これまで面倒を見ていたもの達に、今度はお世話になっていく。

 

もう、自分の子供達の世代も、男の子、女の子、ではなく、立派な大人になっていく。

 

 

 

 

 

村上春樹の短編に「プールサイド」という話がある。

 

老いがテーマの話なんだけど、私はこの話がとても好き♡

 

 

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・そうしようと思えば死を少しずつ遠方にずらしていくことはできる。しかしそんなことつづけていたら俺はおそらく明確な人生の折りかえし点を見失ってしまうに違いない。

 

・自らを知るには自らの立った場所の正確な位置をまず知るべきだというのが彼の考え方の基本だった。

 

・もし水泳競技にターンがなく、距離表示もなかったら、400メートルを全力で泳ぎ切るという作業は救いのない暗黒の地獄であるに違いない。

 

・どれだけ他人の目をごまかせても、自分自身をごまかして生きていくわけにはいかない。

 

 

 

 

私がもう若くない、いつまでも同じことできない、って思う時、嘆いているわけではない。

 

ちゃんと逆転したい。ちゃんと交代していきたい。

 

その事を、安堵して、喜んでいきたい。

 

 

 

 

 

若い子には負けたくない、って言葉があるけど

それは同じステージで張り合うってことじゃない。

 

 

42歳なら42歳の今

 

43歳なら43歳の今

 

 

ちゃんと自分の今のステージで、しっかり全うしていきたい!

 

 

 

 

その一見、辻褄の合わないようなものを、伝えてくれた父に改めて感謝が湧いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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