Parisのこのお茶本当に美味しくて今回3つ買ったんだけど
全部最高の香り!!毎日幸せのひとときです〜♡
 
 
#藤本さきこさん
ハッシュタグから
面白い記事を見つけたのでシェアハートハート
 
 
そもそも「あっという間に背景が変わる人生の設定変更」を可能にするのは
「対等の世界」でだけ。
 
「勘違いご自愛」
「勝ち負けの世界、対等の世界」
 
についてはラデスペリテ思想哲学で書いておりますが
 
 

 

 

「〇〇な私、ドヤ!悦〜」の勘違いご自愛についてはこちら

→鏡の世界に閉じ込められたナルシスト。「行きたい場所」や「私の情熱」は鏡に映らない❤︎ 

 

この「悦〜」な感覚が好き、勝ち負けの感覚から抜けられない!という人がよくいう言葉
 
「勝ち負けも、いい勝ち負けならモチベーションになるし」
「健全な勝ち負けならスポーツと同じ」
「むしろこっちの方が健全」
「結局、<対等の世界の方が勝ち〜>ってことになってるじゃん!」
「私は堂々と勝ち負けが好き」
 
 
これ、何かに似てますよね。
タバコをやめられない人が揃っていう言葉です。
 
 
「ストレス感じるよりむしろ健康」
「私は堂々とタバコが好き」
「健全なタバコはただの趣向品」
「むしろ私にはこれがリラックス」
「ほっとする」
「私は心底いいと思ってるから」
 
 
まあこれがわかりやすい「勘違いご自愛」なんだけど・・・
 
これさ、知らないだけなんだよね。
タバコやめた後の心地よさを。
 
 
 
ラインラインラインラインライン
 
 
 

そういう 悦る感覚、 私自覚があったし、

取りこぼす  というのもたしかに感じたので、

 

悦ろうとする自分を感じたら、

自分目線(外から自分を見るんじゃなくて、自分の目でものごとを見る)

に切り替えるようにしてたんですが、

 

 

今回はどうしても、

過去の自分と比べまくってるし、

だんだん自分の理想のように進んでる現実と、

その喜びに、

どうしようもなく呑まれてて、、、

 

 

なので、、、

 

 

思いっきり悦ってみましたデレデレ

 

 

 

ノートに自分への悦りの賛辞を気がすむまで書いてみよう!と。

 

ここに書くのはかなり恥ずかしいので、

書かないのですが(笑)

 

とにかく、

 

私ってすごくな〜い? 素敵な私〜♡

うふふふふ〜♡  笑笑

 

みたいなことを他人目線で思いっきり書いてみたのですが、

 

 

1ページも埋まらなかった。

 

 

すぐおわっちゃいました。

で?ってなった(笑)

 

 

それが前進する力になっていたこともあったし、

それはそれで楽しかったけど、

 

 

自分目線で、自分の感じたことを掘り下げていくことは興味深くておもしろくて、

 

次から次へと自分の中の新しい世界が広がっていくのを感じたり、

熟成されていくのを感じたり、

宝物を発見したりして、

 

 

奥行きや深みや味わいを感じるのに、

 

 

 

他人目線で外から自分を見て、

きっとこんな風に見られているんじゃないかな

っていう優越感も、劣等感も、

 

他人目線のヒロインになることも、

他人目線の悲劇のヒロインになることも、

 

 

なんか、薄っぺらかった。

 

 

 

そんな薄っぺらいところにいくらエネルギーを注いだって、

実るわけがないなって思った。

 

 

自分にとって本当に栄養になるものは、

他人目線をしていては得られないんだと思った。

 

 

これまで、悦りそうになると、

そうじゃない。って切り替えてきたけど、

今回思いっきり悦ってみたら、

 

悦るの、まじでやめよう!って思いました!

 

 

一瞬でも悦ることに意識を向けたくないと思ったし、もう要らない〜!って思った。

 

 

(全文はこちら)

 
ラインラインラインラインライン
 
 
フランス上空♡
 
 
 
「禁煙と設定変更は似ている」っていつも彼と話すんだけど、
 
 
 
どうしても勝ち負け意識する人(悦る人)って
タバコやめられない人と同じで、
自分目線で生きていくことの本当の心地よさ、深さ、豊かさ、素晴らしさを知らないだけ。
 
だからお稽古するんだよ。
ノートブックは自分と向き合うお稽古に最適な1つのツール。
 
 
私はタバコが嫌いなんだけど、目の前で吸ってる人にそれを言って、その楽しみに水を差すのも嫌なんだよね。
 
なんだけど、結局最近思うのは
やっぱりタバコすら疑えない人は浅いなと思うようになった。
 
 
 
というのは私も吸ってたから。
「禁煙」はまさに「設定変更」なんだよね。
 
私は昔、ヘビースモーカーだったけどある日突然辞めました。
 
ある日、その時塗ってたネイルを「かわいいな♡」って思って自分の手を見てたんだけど、手についてるタバコの匂いを「不快」に感じたんだよね。
 
 
明らかに見た瞬間です。
 
 
私は24歳の女である
私の手には可愛いネイルがしてある。
私の手はタバコ臭い。
嫌!
 
って思った。笑
 
 
 
その時まで
「タバコはリラックス」「タバコは気持ちいい」設定だった自分を疑い
「タバコは臭い」「手がタバコ臭いの気持ち悪い」「24歳の女の手がタバコ臭いの引く!」と設定が変わったんだよね。
 
 
で、その日限りいきなり辞めました。
この時はバグもあまりなかったんですよね。
 
強烈に手がタバコ臭い自分を「体感」したんでしょうね!笑
 
実際に「臭い」って思ったからね。笑
ここで「臭い」の体感がない場合(タバコの匂い、いい匂いって思ってる場合)はいきなり「タバコは臭い」に変更してもバグが出ます。
 
納得してなくても変更できちゃうのが「設定変更」のすごいところ。
この場合はバグが出るけど、その度に「本当はどうしたい?」ときいていく。
 
「タバコ、いい匂い」それ本当?と聞いていく。
 
 
私の場合は、本気で「臭い」と思ったので
「手がいい匂い♡」の方が強力に気持ちよかった。
「私はいい匂い♡」の方が強力に作用した。笑
 
だからその日いきなり辞められた。
 
 
彼もずっとヘビースモーカーで、私は
 
「やめたらどれだけ心地良いか」
「やめたらどんなに快適か」
「どれだけ自分の勘違いだったか」
 
をしつこく話したんだけど、こればっかりは自分の「体感」と「設定」なんだよね〜。
 
 
「タバコやめて」というたびにいつも険悪でした。笑
 
 
しかし、彼も病気になってから入院してから突然辞めたんです。
疑ったって言ってましたね!笑
 
病室から外に出て、春の心地よい風にあたって、タバコを取り出した時、
 
「本当にこれ、今ここで吸うほど気持ちいいか?」って。
 
この時も、「外の春風の心地よさ」「病気の体」「わざわざ吸おうとしてるタバコ」で何かを体感したんでしょうね!
 
あんなに「絶対に俺にはタバコは健康アイテム!」って言い張ってたのに、
「あの時疑えた自分に感謝」って言ってます。
 
 
 
 
だからね、
 
当たり前を疑えるって知性なんですよ、
インテリジェンスなんですよ、
それこそがエレガンスなんですよ!!
 
 
 
 
そして、やってみてもないことを、知りもしないことを
これがいいと「決める」無知
(これが「設定」なんだけど)
 
やっぱり私は浅いなって思うんですよね。
勿体無いな、って思うんですよね。
 
 
なぜなら「設定変更」をしたときに納得してなくても、そのうちちゃんと感じてれば「体感」があるから。
 
私は。タバコやめたら「香り」も「味」も全然別格になり、その感覚の麻痺具合にも驚きました。布ナプキンと同じで、もう絶対戻れない。当たり前を疑う、明らめる、って本当に最高のご自愛です。
 
 
1ヶ月でも、1年でも、3年でも辞めて見て、
本当に「吸ってる時の方が最高に気持ちよかった」と思うなら
その時また吸えばいい。
 
それならば本当にその人なりの「スタイル」になる。これなら本当の「ご自愛」になるね。
 
タバコ吸ってる、吸ってないという表面的なことに関係なく。タバコに関してはそういう人に会ったことないけど。
 
 
「勝ち負けは健全!」なんて決めてしまわずに
もっと心地よい自分探求、自分を深く知る心地よさ、安心感、それがこんなにも「自分を活かす」ことに繋がって行くという感動、無限に湧きでるパワーの感覚、知ろうとしようよ!!
 
その「お稽古」頑張ろうよ!笑
 
 
「喜び」と「悦〜」は別物なのかもしれない、と疑おうよ!
 
 
いつでもどこでもノートはお供。
 
 
設定変更の「明らめる」経験を重ねるたびに、
「自分を疑える(問える)」という最高の知性をくれた神様に
ありがとうの気持ちでいっぱいになりますハートハートハート
 
 
心の底からの、本当の豊かさや深さ、宝物が増えていきます。
人と比べて優れてるとか、勝ってるとかじゃなく
自分自身の成長に、「自負」が持ててきます。
 
 
 
認定講師講座でも話したんですが
「人それぞれだから、みんな幸せを選んでいる♡だからなんでもあり♡」っていうのはやはり私はちょっと違うと思っていて
 
いいんだけどよくない。っていう。笑
 
 
「知らないだけ」じゃね?と思うし。
「疑えよ!」と思うし。
 
その上で、「私はなぜこれをするのか」っていうところに「その人」の人生があると思っているので。
 
まあそれが「設定変更」というものを私が最高に愛している証でもありますね。笑
ただ漫然と生きて死ぬ人向けではないですね。設定変更は、より良い人生を求めよう、なのでハートハートハート