女子バレー 少しの絶望、の先へ |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

す今回の全日本女子バレーチームの

仕上がりが素晴らしい

ということは↓で書きました。


トルコ、ブラジルに敗れた今も

そう思っています。


が、トルコ戦が終わった後で

たんなる観戦者でしかない私なのに

静かな絶望感を味わっておりました。

こういう感覚ははじめてです。


トルコのエースアタッカーである

バルガスという選手は

身長が194㎝あります。


足腰のバネも素晴らしく

しなやかな体から繰り出されるスパイクは

「ターミネーター  」に出てきてもおかしくない

ほど人間離れしていますが、

同時にまた芸術的な美しさをも秘めています。

たぶん、まだまだこれから伸びる選手です。




古賀と握手をしている

この選手がバルガスです。

彼女はトルコを世界ランキング一位に

引き上げた功労者です。


そもそも突出した大エースというのは、

かつての女子バレー界にも存在しています。

バケモノのようにとんでもない選手

というのがいたんです。




↑中国のエース郎平(ろうへい)とか、



↑キューバの黄金期を築いた

ルイスとか…。


でも彼女たちが

どんなに素晴らしく

大活躍していても

それによって絶望感を味わう

ということはなかったんです。


今回はなんで絶望なんだろう?

としばらく考えていました。


バルガスだけでなく

今回の大会には

身長が190㎝を超える選手たちが

何人も出場しています。


女子選手の身長が

190㎝を超えてきている


私の絶望感とはどうやらそのことにあるようです。


バレーボールにおいて、

高さがあるということは圧倒的に優位です。


でもそれは〈絶対〉なものではなかった。

ルイスは大きくないけれども

超人的なジャンプ力で鋭角のスパイクを決めていましたし、

郎平がすごいのは破壊力のある重いスパイクと存在感、そしてチームを引っ張る統率力です。


そういうエースたちに

どうやって立ち向かっていけばいいのだろう?

と当然選手たちは考えながら戦ったのだろうし、

私たち観戦者はそれを応援していたのです。


なので、そこに絶望など入る余地はありません。


けれどもバルガスをはじめとする

190㎝超えの選手をみた時に、

同じコートに立って勝負をする

ということこと自体に大きな疑問を

感じてしまったのでした。


バレーボールってなんだろう?

というところまで考えてしまいました。


バレーボールには9人制と6人制があるのを

ご存じでしょうか?


50年くらい前には

9人制が主流でした。

ちょっと調べてみたら

日本がバレーボールを導入したのは

9人制の方が先だったようです。


9人制のバレーには

ローテーションがありません。

ポジションは決まっていて

ずっとその場所で戦います。


なので大きな選手は前衛で

器用な選手は中衛に

小さいけどレシーブがうまい選手は後衛に

というように、

自分の得意を生かして

バレーボールができたのです。


日本は国際大会に出るようになって

6人制に切り替わっていきました。

6人制はローテーションがあるため、

背の低い選手が前衛(あ?今は前衛って言わないのかな?)でプレーすることも出てきます。


これはもう、

バレーボールというスポーツが

高さが有利である

というところからのがれられない

という前提がきっちりしているということです。


私の絶望は

バレーボールはこの先どうなっていくのだろう?

というところにある不安や怖れからくるものでした。


もう、すでにそうなりつつあるように

国籍を超えて

身長が高く(190㎝以上200㎝を超える選手も出てくるかもしれない)身体能力も高い選手たちが出現して

そういう選手たちが天井のような高さから

100キロを超えたスパイクを打ってくる。


こういうバレーボールって

はたして魅力があるんだろうか?

私はそういう試合を

楽しむことができるんだろうか?


今の日本チームは素晴らしい。


トルコのバルガスも

ブラジルのガビも

素晴らしい選手です。


今はまぁいいとして、

デカい選手だらけになってしまったら

バレーボールは

ツマラナイ競技になっていくかもしれない。


そんなふうに感じてしまって、

なんとなぁく

すこぉし

絶望感を持ってしまったのでした。