お茶の間の話 |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

(あぁ、そういえば
そんなこともあったなぁ)

と、なつかしく思い出したことがあります。


私が高校を卒業した年に、

それまで住んでいた家のすぐ近くに

家を建てることになりました。


新しい家は

私たち姉妹三人に

それぞれ部屋が与えられると聞いて

私たちは大喜びでした。


「絶対に洋間がいいよね!」

「それぞれにドアがついててね」

「壁はポスターが貼れるような壁がいいなあ」

なんて、楽しくしゃべっていましたら、

突然父が怒鳴ったのです。


「うちは下宿屋じゃないぞ‼︎」

それはそれは激しい剣幕でした。


このことは以前もブログで書いたような気がするけれど、

普段は声を荒げない父が

なんだか悲しそうに声を上げたことを

時折、思い出します。


新しい家ができた時に

もうひとつ言われたことがあります。


「外から帰ってきたら

必ず茶の間に顔を出してあいさつをすること。

玄関から直接、自分の部屋に行かないこと」


リビングなんて言葉が父から出るはずもなく

うちにあったのは〈お茶の間〉でした。

ここでご飯を食べて

テレビを見て

わちゃわちゃと話をして

長い時間を過ごしました。


父の最大のワガママは

奥さんと娘たちを

ず〜〜〜っと

自分のそばに置いておきたい

ということでした。


叶うわけないのにね✨

でも、そう思ってたヒトなんです。


ずっとは無理でも

うちは家族でいる時間が

かなり長かったのではないかなぁ

と思います。


なんでこんなことを思い出したのかというと、

たまたま

大谷翔平選手のご両親の

動画をみたからなんです。



「特に教育法などというものはないけれど、『リビングに寄ってから自分の部屋に行きなさい』ということは兄弟みんなに言っていました。みんなでひとつのテレビを見て過ごしていました」

というようなことを

お父様はおっしゃっていました。


それをきいて

私もまた、

自分の父親のなつかしい言葉を思い出したんです。


まさに、これは特別な教育などではありません。

ひとつの茶の間があって

ひとつのテレビがあって

(いや、別にテレビはなくてもいいけど)

家族がそこに集まって

なんということもなく

わちゃわちゃしてる。


そこには何か

大切な

あったかいものがあったなぁ

と、そんなことを思い出したんです。


いい子に育つとか、

すんごい子になるとか、

そういうことではなく

家族がただ、

家族でいられる場所

そういう場所があるのっていいよなぁ

という、ただそれだけのこと。


親は老いていくし

子どもは巣立っていく。


だから茶の間で過ごせる期間なんて

そんなに長くないのかもしれません。


今がそのチャンス!

というみなさま、

どうぞ大切に〈今〉をお過ごしくださいね✨