北斎の若い頃を柳楽優弥、
歳をとってからを田中泯が演じていて、
他にも阿部寛、永山瑛太、玉木宏、津田寛治。。。
と、豪華な役者陣を揃えているんですけど
観終わったら、なんだか物足りなさを感じてしまいました。
しかも監督は橋本一。
「相棒」では数々の名作のメガホンをとってきた監督です。
ちょっと楽しみだったのに残念!
う〜〜ん、なんでだろう?
脚本か? 脚本なのか??
脚本は、映画の中でお栄の役をやったヒト。
プロヂューサーの奥さんだそうです。
なんだかなぁ。。。
この映画は、北斎を使ったフィクションなのか?
北斎を忠実に辿った伝記なのか?
が中途半端。
伝記として描くなら
北斎そのものが<綺麗すぎる>と思います。
多くの人が北斎とお栄の生活を汚いものだと証言していて
汚部屋がどうしようもなくなると引っ越しを繰り返していた
というような文献がいくつも残っています。
そんな生き方の中から
あのゾクゾクするような名作が生まれていった。
そういうところに、もっと触れたかったなぁと思います。
柳楽優弥が演じていた時代から
いっきに田中泯に変わってしまって
その差が極端。
間はどうした?
というのも消化不良の一因。
しかも柳楽が演じていた頃は
やたらと絢爛な画面が多かったんだけど
田中に変わったら
静かな画面に早変わり。
違う映画を見ているような感じ。
そういうことがあってもいいけど、
この映画は裏目に出た感じですね。
↑これは玉木宏。
絢爛の一幕。
また、どなたかがレビューで書いているのを見ましたが
絵描きが大事な絵の具を
わざわざ雨水に流すことはない。
ところどころに
そういう??な描写が入ってくる。
演技力のある役者さん達を使っているのにねぇ。
残念感が否めない。
↑いちおう載せておくね。
もうひとつ。
阿部寛の存在。
私は特に彼のことを好きでも嫌いでもないのですが、
これは蔦屋という、
今で言うところの出版社の社長みたいな、
または画商みたいな
あるいはパトロンのような
役どころを演じています。
そんな彼が作中で亡くなってから
映画そのものがストーンと間の抜けたようなものになってしまった。
そんなふうに感じたんです。
たった一人の役者さんがが画面に登場するだけで
その映画がいっきに緊張したり
色を帯びたり、華やいだりすることがある。
かつて映画「半落ち」で、
樹木希林が画面に登場した時に
映画そのものがピリッと引き締まったことを覚えています。
今回、阿部寛が登場しなくなってから
映画が<つまらなくなってしまった>感があった。
なんだか不思議なものだなぁと思います。
映画を見終わった後で
その物足りなさを埋めるように
北斎の作品をネット検索していました。
水を描かせたら
日本で北斎の右に出る者はいない。
北斎70代の作品です。
こちらは80代の作品。
椿と鮭です。
やっぱりハッとさせられるのは
ジジイになってからの作品。
本当にすごい画家だと思います。
そういえば緒形拳が演った北斎の映画があったなぁ。
久しぶりに見てみようかな?
それともお栄のアニメを見ようかな?




