お雛様の御殿、の話。 |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

私の故郷である三河地方の
とある町ではこのようなイベントが開催されているそうです。

http://asuke.info/event/febmar/entry-161.html

そこを訪れたという妹から、
一枚の写真が送られてきました。



この写真を見た私の第一声は、
(なっつかしー❣️)
だったんですよ。

何がなつかしーのかというと、
この御殿です。
そう、

私たちのお雛様は
御殿にお住まいだった

のですよ〜〜🎉🎉🎊🎉🎊


ホントにこんな感じだった。
この御殿は木でできています。
美しく漆が塗られていて
金属の装飾も本物とみまがうほど✨✨
それがね〜、
細かいパーツに分かれているんです。

毎年、お雛様のシーズンになると
夫婦喧嘩が増えるという話を
聞いたことがあります。
どっちがお雛様を出すんだ?とか
頼んだのにちっとも片付けてくれない、とか😀

私の父親は
家の中のことはまったくできないヒトで
ものすごく不器用なヒトで
電球を取り替えるだけでも
娘たちに椅子を持ってこさせたりして
なにやら大袈裟なことになってしまう…
というヒトでしたから😅😅😅
このように精巧に作られた御殿を
1人で組み立てる
などということができるはずもなく😅😅😅
〈ひな祭り〉とは別の意味で
一大プロジェクトだったのではないかと
今になって思うのです。

この写真を隅々まで眺めていると
子どもの頃の記憶が蘇ります。
(なにせ半世紀以上も前のこととて、
記憶違いも多々あるとは思いますが…)

うちの御殿(←この言い方🤣)には
御簾はなかったように思います。
おひなさんの顔は
ちゃんと見えていましたから。
そして、うちの御殿には
中央の御殿から右側にむかって
渡り廊下があったんです!

この〈お雛様セット〉の中には
取説的な紙が入っていて
御殿の組み立て方や
お雛様の並べ方などが書いてありました。
並べ方には何パターンかあったみたいです。

で、その中のひとつに
三人官女の1人を渡り廊下に座らせる
というパターンがあったんですよ。

なんでそんなことをおぼえているのかというと、
三人官女の真ん中の座ってるコだけ
白い着物を着ていて
私はそのコのことが好きだったのかな?
なんか、記憶に残ってるんです。

そんなことを思い出していたら
並べ方など気になって
調べてみることにしました。

雛人形の飾り方 七段飾り編 人形の久宝堂


ちっちゃくて見えにくいですが
今の並べ方はこうだそうです。

〈弓矢〉と勝手に呼んでいたのは
随身(ずいしん)と言われる右大臣と左大臣。
この2人は今の飾り方だと
ずいぶん下の方に置かれていますね。
でもお内裏様とお雛様を警護する役割の人たちですし、位も高い人たちなんです。
武器を持ってるということと、沓(くつ)を履いているという理由で下段にしているらしい。
でも私の記憶だと御殿のすぐ脇か、
あるいは二段目あたりだったと思うんです。
江戸時代後期には、そういう並べ方だった
という浮世絵も残っているそうなので
やっぱそうだよなぁ、と納得した次第😄

三人官女と五人囃子はある意味メジャーですが
一番下に飾られているヒトたちは誰?
と思った時に、
〈くつ持ち〉って呼んでたことを思い出しました🤣
そうだよ‼︎ 〈くつ持ち〉だったじゃん!
彼らは正式には「仕丁(しちょう)」というそうで、平民の雑役夫のヒトたちなのだそうです。
ある意味、〈靴持ち〉で正解😄

お輿入れのお道具も
それはそれは丁寧に作られていて
うちのお雛様は
箪笥、裁縫箱を持っておりました。

こんなすごい御殿、
今あったら素敵だろうなぁ💕
と思うのですが、
残念ながら残っていません😭
記憶の中だけに鮮明に残しておくのが
思い出というものなのかもしれませんね🥰