「デンデラ」についていちおうの締めを(^_^) |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

今年はけっこうDVDを観て

つられて原作も読んだわけなのですが、

 

↓この「デンデラ」は非常に印象深い作品でした。

そう、いろんな意味で。。。

 

これを観たことによって

これからバアさんになっていく者は

眉毛の手入れを欠かしてはいけない

 

というありがたい教えを得ることができたので

自分なりに眉毛を整えるよう努力するようになりました。

(↑これ、絶対に映画ではそんなこと言ってないからねチーン

 

小説と映画を比べていつも残念に思うのは、

表現媒体の違いもさることながら

限られた時間の中では

小説で微に入り細に入った心理描写をしているところが

どうしても映画の中ではそこまで描き切ることはできない

というところです。

 

私が個人的には、映画と原作が拮抗していると思っている

「羊たちの沈黙」においてさえ、

主人公クラリスの心理描写が希薄で

レクター博士との会話の重さは

映画だけでは伝わりにくかったです。

 

 

 

 

で、「デンデラ」は、

おそらく東北地方の寒村が舞台。

 

当たり前のように斎藤カユは『お山』に捨てられましたが、

当たり前のように充実していました。

 

と物語ははじまります。

この小説は、どんなに惨たらしい描写でも

どんなに荒々しい状況でも、

すべてこの淡々とした<です・ます調>で語られます。

 

一方、登場するバアさんたちは

みんな男衆のような無骨な話し方をしています。

 

このアンバランスともいえる小説の成り立ちが

話に力強さを与えています。

 

そして原作にあって映画では欠落しているもの、

それは斎藤カユの信仰心に近い心の有り様です。

 

この物語の時代がいつなのか、

それがわからないのですが

何れにしても近代までの<東北の寒村>であり

姥捨をしなければ村が成り立たない時代なのであれば

ここに住む村人たちは

生まれてから死ぬまで村から出ることはありません。

村だけが世界であり、

村の掟に従い、

村の、そして家族の言うままに生きていきます。

 

起きてから寝るまで体を動かし、

ある年齢になれば結婚をして

子どもを産み育てます。

そこに喜びとか楽しみとか

そういうものがなくても

毎日毎日を、決められた通りに生きていきます。

 

「あんたが文句を口にしたところなんて

そういえば一度も見たことがない。

いつも平気な顔をして、毎日を生きていたね。

どうしてそんな態度で生きていられるんだろう。

不思議だ」

 

これは同年代である黒井クラというバアさんが

斎藤カユに向かって話している言葉です。

斎藤カユはそういう女性として70年を生き、

そしてお山に捨てられたわけです。

 

彼女は文句を言わずに生きてきた中で

心の中にずっと焦がれてきたもの

それが<極楽浄土>という世界だったのです。

 

生きている間の艱難辛苦はすべて

死んでから<極楽浄土>に行くための試練なのだ

という、そんな気持ちで生きてきたからだと思うのです。

 

信仰心に近い、と書いたのは

これは信仰心とは少し違うと感じたからです。

けれども他に言いようのない、

ただひたすらに<極楽浄土>に行くことを願う気持ちが

日々を生きる糧となっていたに違いありません。

 

だからこそ、カユは死に切れなかったことに、

生きて「デンデラ」に連れてこられたことに

やり切れなさを感じ続けたのです。


カユはここから、はじめて自分の頭で生きるということと死ぬということを考えはじめます。〈大目標〉ということについても考えはじめるのです。

 

この複雑な心理描写が(台詞としては少し言ってたけれど重みがないアセアセ

すっぽりと抜けた映画になってしまったことは

とても残念でした。

 

村にいる間、バアさんたちは

<自分の頭で物事を考える>ということをしないで生きてきました。

考えてしまったら、

多くのことが矛盾だらけで

納得のいかないことだらけで

明日を生きる気力がなかったことでしょう。

だから考えるということを放棄して生きてきた。

 

そんなバアさんたちは

デンデラに来てから、自分の頭で考えようとします。

そんな中で意見の対立も生まれます。

 

その先、自分がどう生きたらいいのかも考えます。

 

「大目標を、自分だけの考えを持つのが、

こんなにも手間のかかることとは知らなかった。

七十年も生きているのに」

 

主人公のカユはそんな葛藤を繰り返しながら

自分の生き方や死に方を考え抜いていきます。

 

それが最後の大疾走へとつながっていくのです。

この物語のエンディングは圧巻です。

<感動して泣きました>レベルの話じゃない。

 

「スッゲェ〜〜〜」

と感嘆の声を漏らしたきり

呆然とするしかないのです。

 

この小説はすごいよ。

おったまげたよ。

生きるって、ここまで壮絶なもんなの?

死ぬことって、死ぬってなんなの?

という、大命題を突きつけられます。

 

 

(遠野市にあるでんでら野の写真をお借りしました)

 

作者の佐藤友哉は1980年生まれ。

なんとなく、小説の気配に乙一と近いものを感じます。

作家の乙一が1978年生まれだから、

やっぱり同世代なんだね〜と思っていたら

どうやら親交があるらしい。

 

両者とも、現実とはかけ離れた世界を描きつつも、

ものすごいリアリティがある作家だと思います。