岡崎城にのぼってきたヽ(゚∀゚)ノ その2 |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        


 

さて、岡崎城の話。

五万石といわれるちいさなお城は、

<徳川家康が生まれた>

ということだけが有名なお城です。

 

そう、<生まれた>だけニヤニヤ

家康は幼名を竹千代といいますが、

その竹千代少年は8歳の時に

人質として駿府城に行っちゃってますので

岡崎城にいたのは、たったの8年。

ということで、岡崎城は

<徳川家康が生まれた>

ことだけを自慢にしてるお城なんですチーン

 

 

はい、これが岡崎城です。

久しぶりに中に入ってみたよ。

オトナは200円で入れます(安いっ!!)

 

岡崎城ってもともとは、室町時代に

龍燈山城として築城されたのだそうです。

あ〜、やっぱり龍なんだね。

 

そのお城を家康のおじいちゃんである

松平清康が奪いとっちゃったのだそう。

 

でも岡崎城はその後

本多氏と水野氏が

藩主であった時代が長いです。

 

なので松平とか徳川とかが

藩主だったことはほとんどないのね。

(松平が少しだけある)

 

↑まぁ、ここはざっくりでごめんなさい。

 

岡崎城の中で陳列されているものは

私が子どもの頃とはずいぶん変わっておりました。

 

で、久しぶりにみていて驚いたのは、

岡崎という土地の歴史が書かれていたことです。

 

何度も何度も川が決壊して

洪水の被害が出ています。

この土地に住んでいた先祖(かどうかはわからないけど)

のみなさんは、

そのたびにまた奮起して田畑を耕し

立ち直って今日まできたのでしょう。

 

こういう名もない歴史には

心を動かせられます。

 

そしてもうひとつ。

幕末は戊辰戦争の頃。

「当時の岡崎藩は、表面的には幕府支持の態度をとりつつも

藩内は幕府支持派と朝廷支持派とに二分されていました」

という記述を発見。

 

なになに〜、熱いじゃないの岡崎藩!

のんびりした土地なのに、

幕末の風は吹き荒れていたんだね〜。

 

そしてその後、

「藩主の本多忠民の論示もあり、反幕の藩意が統一され、

佐幕派の藩士30数人は脱藩しました」

と書かれていました。

 

この保守的な岡崎が

反幕の藩意とな!

 

岡崎藩が薩長側についたとな!

 

こんな歴史、はじめて知りました。

岡崎城、行ってみるもんですねぇ。

 

 

そして今回、一番の大ヒットは↑コレ。

龍で魚で羽で飛んでるみたいにみえる。

ホントにすごい!!

 

天守閣に登ると

うちの実家の屋根がみえます。

肉眼で見えている景色と

子どもの頃の家並みとが

脳内で合わさって見えます。

 

自分が育った町を歩く。

たまにはいいもんです照れ