タックルと、そしてイクサを考える |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

じっくりとニュースを読めない間に、

タックルという言葉が何やら頻繁にきこえてきましたので…


いろんな報道を読みながら

わたしも考えてみたのです。


タックル問題

スポーツ見ないし

アメフト知らないし

だからよくわかんないや


と言ってられない気がして

こうやって書いてみる気になりました。


わたしが知りたいのは、

世の中のみなさまもそうでしょうが

〈本当はどうだったのか?〉

ということです。


一部の報道で言われているように

〈絶対的な存在〉である監督が

「相手の選手を壊せ」

という指示を出していたのが事実ならば、


それはもう、スポーツの監督ではありません。

イクサをしている時の上官です。


この指示が本当にあったのか、

なかったのかは

ウヤムヤにしてはならないと思います。


先の戦争では

近隣の国のヒトたちを

日本刀で首を落としたり

人体実験の道具にしたりしたという

残虐非道な史実があります。


その時に

実際に手を下したのは

〈そうしようと考えた〉上官ではなく

〈言う通りにしないと自分が酷い目にあう〉と感じた一兵卒です。


〈そうしないと、自分がアブナイと思った〉

というのはイクサの時に必ず起こってくる

禍々しい上下関係です。


どうしてそんなものを

スポーツの世界に持ってくる必要がある?


こんなことを放任してたら

また同じようなイクサになるよ!


その世界から

少し離れて見てみれば

「相手の選手を壊せ」

などという指示が

まともな人間が従うべき指示なのがどうかは

自明の理。


それが見えなくなってしまうのが

組織というもののコワサです。


この指示が

いかに罪深く、卑劣な

スポーツからは程遠いものであるのか?

それをしっかりと糾弾できる

そういう国でいられないと


また、同じ過ちを繰り返してしまいます。


〈いう通りにしなければ

自分が酷い目に遭わされてしまう〉

こんな状況に追いやられたら、

「そんなことできません」

と言えるヒトは、一握りです。


ワタシハムリダ


だからこそ、

言える時代

まだ平和だと言える今

〈本当はどうだったのか?〉

をあきらかにする必要がありますよね。


被害を受けた選手も

加害してしまった選手も

どちらもとても心配です。


最近のニュース記事も貼っておきます。


https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180519-00000005-pseven-spo&p=2