明治は遠くなりにけり |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

ジブツタの「歴史」編には、
 
 
自分の家系図を書くページがあります。
 
 
おじいちゃん、おばあちゃん、
 
そしてたどれるならば、
 
ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんまで、
 
書いておくためのページです。
 
そうだなぁ、いまから30年くらい前までは、
 
職場や学校で、家族の話をしていて、
 
「おじいちゃんは<明治男>だからさぁ」とか、
 
「だめだめ、うちの親は<明治>だもん」とか、
 
そんなフレーズが、普通に使われておりました。
 
この<明治>というのは、明治生まれという意味です。
 
こうやって使われる場合の<明治>はね、
 
頑固だから言い出したらきかない
 
きびしくて考えを曲げない
 
頭が固くて、偏屈
 
寡黙で無言実行
 
まったくの男尊女卑
 
というような意味を暗に含んでいたのです。
 
<明治だから>というのは鉄壁の要塞。
 
本人がダメといったら、それは決して覆ることはない。
 
それが<明治男>という言葉が象徴する意味だったのでした。
 
そして一方<明治女>というのは、
 
その頑固な夫を支える芯の強さがあって、
 
ちっとやそっとのことではへこたれない
 
人前に出て行くことはないけれど、
 
ちょっとひいたところで、
 
自分の手の届く範囲のことはきちっとこなしていく
 
というようなイメージがあったのでした。
 
人格なんて人それぞれだから、
 
<明治>のヒトのすべてがそうだったわけじゃない。
 
だけどね、
 
時代による性格の傾向というのはあるものだと思うのです。
 
<明治>といわれるヒトたちには、
 
特徴的に強さがあった。
 
善悪の判断とは違う、人間としての強さです。
 
タイトルにある
 
「明治は遠くなりにけり」
 
という言葉を聞いたことがあるヒトは、
 
残念ながら、けっこうなお年でございましょう滝汗
 
これは、もともとは中村草田男というヒトの作った句で、
 
「降る雪や 明治は遠くなりにけり」
 
からきたものです。
 
明治100年にあたる昭和40年代に、
 
この下の句を使った
 
<明治は遠くなりにけり>というフレーズが
 
ひんぱんに使われるようになりました。
 
頑固だけれど、強さを持ったヒトたちが
 
いなくなってしまった
 
という嘆きの意味があったのかもしれません。
 
そして現在では、もう、
 
<明治生まれのヒトと暮らしたことがあるヒト>
 
が少なくなってきてしまった。
 
もし、これを読んでいるみなさんの、
 
おとうさん、おばあちゃん、近所のヒト、
 
そんなまわりのヒトが、
 
<明治生まれのヒトと暮らしたことがあるヒト>だったら、
 
ぜひ、
 
「ねぇねぇ、<明治生まれのヒト>って、どんなヒトだったの?」
 
って、きいてみてください。
 
 
あなたの「自分♡伝えるノート」が、
 
いっそう豊かなものになることでしょううからウインク