ソロモンまつり−8 |      生きる稽古 死ぬ稽古

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ー毎日が おけいこ日和ー
        

子供だろうが未成年者だろうが

一方的な暴力にさらされた者には、

自分が被害にあったことを訴える権利がある。

どういう事情で何が起こったのか、

本人がまわりに知ってほしいと望むならば、

それを拒むことは、誰にも許されてはならない。


「ソロモンの偽証」では、

中学生たちが、自分たちで裁判をおこない、

真相を究明していこうと試みます。

ここで抜粋した文章は、小説の中では本筋ではなく、

あくまでも真相解明のために、

被害にあった少年の証言をきくところで書かれた一文です。




「こんなにヒドイ目にあった」

という話は、なかなかきいてもらいないのが現実。

いつまでもそんなこと言ってないで、とか、

さっさと忘れて次にいこう、とか、

そんなふうに、忘れさせることを第一に

考える風潮があるみたいですよね?

それで忘れられればいいけれど、

それができなかったら?

表面的に忘れたと思っていても、

心の奥深くではくすぶっているのだとしたら?

そうやって考えていくと、

犯罪被害者のトラウマというのは、

そう簡単に払拭できはしないのではないか?

と思えてしまいます。

この本の中の中学生裁判では、

心にも身体にも深い傷を負った少年少女たちが、

ズタボロになりながらも、

この法廷に出てきて証言をしていくのです。

証言台に立った彼ら一人一人の心情が

それぞれに重いものを持っていて、

息苦しいほどの緊迫感があります。

ソロモンの偽証: 第III部 法廷 下巻 (新潮文庫)/新潮社

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