その間に仕事をすればいいじゃない。
病院の待合室より、
すっとはかどっていいじゃない。
…無理でした

手術直前の、先生のあの言葉をきいてしまったら、
仕事はおろか、Blogだって書けません。
私はソファに座ると、そのまま動けなくなりました。
テレビをつけて、
ぼんやりとその画面をながめながら、時間をすごしました。
「ぜったい、よくなる!!」とかいう気合いもなく、
「どうしよう、もうダメだ~~」とかいう絶望もなく、
ボ~~~~ッと過ごしておりました。
耳がきこえなくなるかも
顔面麻痺が残るかも
というリスクを、なんで言ってくれなかったんだ!
と、私はものすごく怒っていたのですが、
若いけれども、この担当医の女医先生に、
私はとても信頼感を持ち続けているんです。
「人間の脳」という、
この複雑怪奇なシロモノを、
さくさくと軽快に、しかもとても大切に扱ってきているヒトなのだなぁ
と、私は今までの先生の説明をききながら感心してきていたのでした。
今はこの先生の腕を信頼するしかありません。
私は「控えです」と渡された手術説明承諾書をみながら、
(これを書くためには、万一の時のことも考えて、
どんなリスクがあるのかということを
説明しなければならないんだな。
ものすごく複雑な手術なのだから、
その時になっていいわけするより、
どんなに小さな可能性でも、
リスクの説明はしなければならないんだな)
ということも考えてみました。
「だからこんな脅しみたいなことを言われたんだよ~~~。
そうならなくて、よかったね~~~」
と、このBlogに書きたい!
とか、そんなことも考えてたような気がします。
ともかく家にいる間は、
携帯電話に最大限の注意を払って、
もし病院から何か電話があれば、
すぐに飛び出せるようにして
そうやって待機しておりました。
…が、落ち着きません。
言われた時間まで待てません。
もう仕事どころではないので、PCも何も持たずに家を出ました。
待合室で待ってた方が、気持ちが楽です。
待合室についてしばらくすると、看護師さんが入ってきました。
まだ夕方の6時くらい。
予定時間より、かなり早いです。
ICUに入っていくと、
普段通りの先生がいて、
モニターをみながら手術の説明をしてくれました。
聴覚神経も顔面神経も傷つけることなく終わったようです。
どこまで、腫瘍ができる以前の状態に戻るのかはわかりませんが、
どんでもない非常事態は避けられたようです。
大丈夫なのですね?

もう、もう、この時の安堵感といったら

苦しがっている、痛がっている
夫のそばにいって、
それでも私は<喜んで>おりました。
かなり早く終わったといっても、9時間以上の大手術です。
それをこうして無事に成功させてくれた先生には本当に感謝しています。
(何時間か前までは、怒ってたけどね
)「先生は、こういう手術の時、ずっと飲まず食わずなんですか?」
ときいてみましたら、
「はい、私はいつも飲まず食わずでやります。
今日はまだ、このくらいの時間で終わりましたけど、
夜中をまたいで、翌日の朝方までかかることもあります」
と言われました。
すごすぎる

脳外科医って、本当にすごすぎる職業だ

私は手術室に入っていくときの、
先生の薄~い、細~い、腰まわりを
見るともなくながめながら、
(こんなに華奢な先生だったんだな~。
こんなにか細い身体の先生が、
これから何時間もかけて夫の腫瘍摘出手術をしてくれるんだなぁ)
ということが頭の中にあったことを思い出しました。
その時は怒りの方が大きくて忘れていたのですけれどもね。
今日くらい、ずっと付き添っていたかったけれど、
ICUには10分しかいられません。
「苦しい~~、助けてくれ~~」
と言っている夫を残して(←あたりまえ)
私は病室を後にしました。
(なんてたくさんの
喜怒哀楽にまみれた日だったのだろう
)看護師さんにも先生にも怒り、
現実につきつけられた状況に悲しみ、
夫の無事な帰還に喜び、
そうして家に帰ってから、
テレビを見て、思いっきり笑いました。
今夜は笑い飛ばしたかった。
お腹を抱えて笑いました。
私は、この先、なにかいろいろ大変だったら、
今日のことを思い出したいなって思います。
この喜怒哀楽がギュウと詰まった一日。
この日のことを忘れずにいたいと思います。
でもね、こんなことが書けるのも、
無事に手術が終わったおかげなのですよね。
Blogで読んでご心配くださったみなさん、
本当にありがとうございました
