
おんりゅうさん<お話4>
だけど、そうではなくてもっと遡って、
魂としてのあり方、どのような生き方をしていくか?
というその時には、
あなた方はもうすでに欠けているものは
ひとつもないということを、
どうしても今ここで言いたい。
たとえば、
このような姿かたちのボディの中に入ってきたわけですから、
少しでも生きている間に魂をみがいていきたい
という気持ちはわかるし、
必要なことなんだけれども、
今の私がダメで悪くて完璧ではないから、
こんな私じゃダメだ、
だから何かすばらしいものにならなければダメだ
と思っている人がいるのだとしたら、
それは大きな勘違いだということです。
そうではなくて、
今いるこの完璧な自分が努力するからこそ、
魂がみがかれていくんです。
今いる自分が既に完璧、
だけれどもよりよくしていく、
よりみがいていく、
もっともっといろんな経験をして、
もっともっといろんな思いをして、
悲しい思いをしている人に
心を寄せられるようになったりとか、
辛い思いをしている人に
どのような言葉をかけたらいいのかとか、
そういうことを学んでいく訳です。
苦しんでいる人に向かって
がんばれって声をかけたらいけないとか、
言われていますよね。
でもつい言いたくなってしまう。
そのような時に、
(どのような声を
かけてもらえたらうれしいんだろうか?)
を考える時、人によっては、
自分がそのシチュエーションになってみるより他、
ない場合があるんですよね。
そうすると、
自分が本当に苦しい立場になって初めて、
(あぁ、がんばれって言われたら
こんなにしんどいんだ、こんなに苦しいんだ)
って思う。
そこで初めて魂がまたみがかれて、
共感ができるすばらしい魂になっていく
ということがあります。
なので、それがわからなかった自分が
つまらない人間だったわけではないんです。
そういう話ではないんです。
辛い人に向かって
「がんばれ」って言ってしまった
自分がダメだったわけではない、
そうではなくてただ、知らなかっただけ。
知らないということは、
欠けているということではないんですよ。
知らないという状態なだけです。
努力という言葉が嫌いだったら、
行動を起こすという言葉にしてみましょう。
努力という言葉の定義はみんな違います。
自分は何も努力してないって
思ってるかもしれないけれども、
他の人の定義からみたら、
「あなたもう、100パーセント努力してますよ。
これ以上、何をどう努力するって言うんですか、
死んじゃいますよ」
という状態なんだってことに、
気がついてない人がたくさんいます。
言葉の定義はひとそれぞれ。
他の人がなんと言おうと、
この身体で生まれてこれた。
それだけでもう、
魂は完璧なんだということをぜひ、
おぼえておいてください。
もっと言うと、
やりたいことをやりたい。
やらないことをやらない。
やりたいことしかやらない。
それでいいんですよ。
やはりどうしても、生きていると、
「いや、そんなことはないでしょう。
やりたくないけど
やらなきゃいけないこともあるよね?
やりたくないけど
やらなきゃ地球が回らないってことあるよね?」
と思われるかもしれないけれども、
ホントにそれを一度、やめてみるといいと思います。
何かがんばらなければ、
自分以外のものにならなければ、
というのは勘違いだということです。
今いるこの完璧な自分の身体と心を持って、
いろんなことを知っていく、学んでいく。
そして魂を宝物として持っておくということなんですね。
そして、
じっと持っておくというだけではなくて、
思ったこと、学んだこと、
知ったことをシェアしてもらいたい。
これはとても楽しい人生の経験なんです。
シェアをする、共有する、分かち合うということは、
えも言われぬ気持ちになるんですね。
それは、
人によっては<感動>かもしれない、
人によっては<ホッとした>かもしれない。
あなたの頭の中にあるいろんな言葉で、
共有すればいいのだけれども、
そのようにして、
生きている間に誰とも共感し得ないと思っていた情報が、
自分からがんばって言葉に出したことによって、
誰かがそれをひろってくれる。
そしてそれを、
「あぁ、なんかわかる気がする!」
みたいに言ってくれたりするということがあります。
あるいは人によっては、
「なにそれ? 全然意味わかんな~い!」
ということも、
あるいは、
「それはちょっと違うんじゃない?」
っていう反応だったりすることもある。
あるいは、
「あぁ、それってすばらしいことですね。シェアしましょう♡」
っていうことかもしれない。
そんなさまざまなかたちで人に伝わっていく、
それがなんともいえない喜びの一つなんです。