母の命日が近づいています。
今年で27回目。
母が生きていたらどんなことを言うだろう?
なんてことは、もう想像もできなくなっています。
私の娘(次女)は義母によく似ていて義母と仲良しでしたが、義母亡き後、何度も何度も義母が会いにきてくれた夢を見たと言っては、何度も何度も滝のような涙を流したりしたのですが、
私は自分の母の夢をほとんど見たことがなく…
でも、ひとつだけ忘れられない夢があります。
それは、かなり前の夢で、私が何人かの人と一緒にボートを漕いで、行ったことのない島へ渡る夢でした。
島にはサナトリウムがあって、母はそこにいました。
夏物のネグリジェを着て療養している姿が病弱だった母らしく、でも、意外に元気そうでした。
「お母さん、どこに行ったのかとずっと心配していたのに、こんなところにいたのね。」
と私が言うと、
「そう。ずっとここにいたのよ。」とにっこり。どうやら、この場所がとても気に入っている様子。
(清潔で居心地の良さそうなお部屋でした。)
「な〜んだ、ここだったの!よかったわ。」と私もとても安心して、その後、二人で延々と積もる話に花を咲かせて楽しい時間を過ごし、(またいつでも会えるねというふうに)じゃあね!と軽く別れた、そんな記憶があります。
その時の母の表情や話し方がとてもリアルで、どうしても夢とは思えず、いまだに本当に母に会いに島に行ったのではないか?と、どこかで思っている自分、
そして、いまだに母はあの島にいるに違いないと、どこかで信じている自分。
自分は今は行くことはできない場所だけれど、亡き人はそこで元気で暮らしていてくれるということにとても安心したのです。
そんな不思議な夢を見たことをふいに思い出し、書いてみたくなりました。
病気をしたことで、今の私より若くして亡くなった母や義母のことを折に触れ思い出しています。
50代で余命宣告された母や義母の気持ち、今になって初めてわかることもあり、二人の分も大切に生きたい、そう願います。
義母は亡くなって23年。
逝く前に全て生前整理を終えて、62歳で旅立っていった気丈な母でした。
義母と夢で会ったとはっきり覚えているのも、たった一回。
義実家を処分するその朝に、大きな温泉付きの豪邸に住んでいる義母に会いに行く夢を見たのです。
もうこの家があるから、生きていた時の家は処分しても大丈夫よ!
そう息子(夫)に伝えてと、言われている気がしました。
二人がいなかったら、娘たちや孫たちにも会えなかったと思うと…短い人生を一生懸命生きた母たちには、心から感謝。
墓じまいの時代ですが、どんなふうに亡き人たちの愛を伝えていくか考えさせられている私です。
![]()
![]()
娘婿から届いた自家製のからすみ
(お料理お母さんにお世話になりました)
