流産した話その2 | オタクの双子記録。時々多分スピる

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腐萌えと絵描きが萎えぎみのアラフォー腐女子です。元DTPデザイナー。婚活1年で成婚。結婚したらちょっと適応障害。心屋塾マスターコース104期卒業。不妊治療して結婚5年目で妊娠。現在双子男子の母やらせてもらってます。

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続き)(流産経験で感じたこと羅列)


シャワー中ドロッと出たとき、生理のときのそれよりあきらかに大きいモノをみて、

ああコレだと思って、

ほっとした。

ほっとしたことに強い罪悪感と自己嫌悪を感じた。感じたことすら消そうとした。

感じたことも、ほっとしたのも事実なのだ。感じ切るって決めていたので感じきった。


それを片付けながら、気持ち悪いと思った。

気持ち悪いと思ったことにまた赤黒い罪悪感を感じて気付かないふりをしようとしたが、感じきった。


病院に行ってやはり流れたと診断されたとき、あーやっと終わったんだと思った。

ずっとエコーでなにも見えないと言われて、子宮外妊娠かどうかわからない日々を3週間すごして、流れなければ手術だと言われて、ずっと自分がこの先どうなるのかわからなくて怖かった。

痛みもなく自然と流れ、しかも目視で確認できたので、ほっとした。


喪失感でぐらぐらした。

それでも腹は減って、病院帰りに喫茶店でサンドイッチを食べてる自分を滑稽だと思った。

食べながら、ああそうだ私の中もアレと同じ赤黒くて気持ち悪いモノでできてるんだと思った。

私以外の人間もみんな気持ち悪いドロドロなんだと思った。

そんなただの血とドロドロと赤いものや白いものの塊でしかないけど、人間で、悲しいって思ったり喜んだり、色々と気持ちがあって、こんな最低の私にも感情があって、これが生きてる人間なんだなと思った。不思議だと思った。

喫茶店で泣いた。


罪悪感や気持ち悪いと思ったことも、私もみんなも気持ち悪いものなんだと思ったことも、そのまま夫と友達にラインした。


罪悪感を感じたのは、「アレ」を私は間違いなく、私の子と、認識してたからだと気付いた。

気付いたことが怖かった。

それも文字にしてわざわざラインした。

罪悪感と嫌悪感を思いっきり感じきった。

相手の迷惑も嫌悪も、考えはしたがいいやと思って、夫と友達に送った。


返事くれた、嬉しかった。

私の気持ちを聞いてくれる人がいることに感謝が湧いた、ありがとうと返した。


流れたけど私は全然痛くなかった、体は元気だった。

優しいなと思った。

そうラインしたら夫から「優しい子だね」と返事があって、泣いた。

病院近くで神社仏閣かお地蔵さんを探して歩いた。ただただ祈りたかった。

優しい子が優しい世界に行ってくれたらいいと思った。

いや、その前に自責の念が大きかった。

ごめんって何度も言った。ごめんなさい。産めなくてごめんなさい。ごめんなさい。


泣いてとにかく泣いて

悲しいー

つらいー

ごめんー

私はダメだー

うわぁぁぁぁぁあ!!


言葉にならない気持ちも涙で垂れ流した。


自分をもっともっと責めたいと思った。

救われてたまるかと思った。

悪い私を誰にも許して欲しくないと思った。



水子供養に行ったときも色んな気持ちになった。

まずコース選び、一番簡易なものにした、エコー写真を供養して欲しかったのだが、手抜き?もしかして金をケチっているのか私は?!と心がざわざわした。

待合室にいる間コース変更をしようかずっと考えた。

最大の供養は戒名を与えて位牌を作るらしいが、私は名前を与えたくないと思った。

あの子は、自らここに来ないことを選んだのだ。こちらに縛るような気がしたので、名前を与えない簡易のもので、むしろ良いと思った。

心はざわざわしたが、多分、自分の気持ちに嘘はないと思った。


我々がいつまでも悲しんでいると水子は心配してあちらに行けなくなってしまう、水子供養は自分の為じゃなく、子の為だと言われほっとした。

私が救われたいが為にしているのではないかと罪悪感が湧いてたから。

大丈夫、私の為じゃない。大丈夫と言い聞かせた。


集団供養で、他の人の名前を聞いていると、1人で来ている人もいれば、男女の苗字が違う人もいる、みんな色々なんだなと思った。

そんなたわいないことを話しながら一緒に帰る夫が隣にいることは、ただただありがたかった。水子供養したくない人もいて色々な考えの人がいるけど、夫と気持ちが同じだった気がして嬉しかった。


「ごめんなさい、私の体が駄目で」

という気持ちから


「あの子が自分で選んであちらに行っただけ」


と考えられるようになったのは驚きだった。


そうか、だいぶ自立の早い子だったんだなーすげーなと思った。

もうちょっとそばにいてほしかったし、寂しいとは思うけど、

子供が自分でやりたいことをやりにどっかに行ったんだったら、それは笑って送り出してあげたいよねって思った。むしろめっちゃおめでたいことじゃないか。

そうか、私笑っていいのかと気付いた。


不妊友達は、実は流産友達でもあった。

不本意な呼び方して申し訳ないとは思うけど、私にとってこれを話せる女友達がいたことは本当にありがたくてありがたくて仕方なかった。


生理がくるだけでちょっとした殺害現場に思えてしまうとか、

妊娠出産育児の辛さ大変さを思うと子供がいないことに正直ほっとしてることとか

そんな自分に対して罪悪感があることとか

でも不妊なことに女として駄目な自分を感じることとか

生理がくると「ちくしょー今月の月1ガチャもハズレましたー!激レアすぎますよ子宝様ー!どんだけ課金させるんだちくしょー!」などと不妊ギャグも言えてw

共感できる人がいるってありがたい、本当ありがとう。


こんなこと言うとつまりは他人の悲しいことを望んでいるようでやはり罪悪感を感じるが、それこそ望んではいないけど、

我々は生まれる前に「この気持ちを感じる人生」アトラクションを選んだんだ。

気持ちを共に楽しめる仲間を欲するようにも出来ているんだとも思う。



長くなったがつまり仁さんの言う

「それを選んだ」はその通り大正解。

これは『答え』。


あえて言葉を変えるなら

「辛いことがあったらどうすればいいか」

の『応え』としては


気持ち全部感じきって


かな。

元気になろう!とか強くならねば!とか

なんとかしようとしないで、暗い気持ちも最悪の気持ちも怒りも罪悪感も苦しみもぜーんぶとにかく感じきってみてほしい。

「救われたくない!」

も出てくるから苦しみが終わらなそうに思えるけど、感じ切ると不思議と上がってしまう。

次やることが自然と出てきてしまう。わかってしまう。

焦るだろうけど、なるべく焦らず感じることが結構勇気だったりする。




流産してから半年ほどたつ現在の気持ちも書いてみる。



子連れをよく見るようになって、心がざわざわする。

私はなれないかもしれない。無価値観。

ならない方がいいかもしれない。逃避の感覚。

なりたくないのかも、で罪悪感。


でもこうも思う。

私がどう考えてようと

子供は来るときには来るし来ないもんは来ない。

神の領域すぎる。

抵抗しないで、私はヤリたくなったときヤるだけ。

排卵日やタイミング法もある、病院は行きたければ仕事休んでも行こう、行きたくなければ理由もなく行かなくていい。どっちでもいい、そのときどきで変えてしまおうと思う。



仁さんの最後の講演会録、CD付きの新刊を聞いたが、わたしが直接聞いた内容とほぼ同じで嬉しかった。


みんなでリピートする魔法の言葉で度々言葉につまるのは

「子供産めなくてもいい」だ。


そのあと、

「へぇー知らなかったー」

「これが幸せなんだーこんな状態で!」


これが体に染み付いていることに気がついた。

子供が産めない今が幸せなんだ。(残念だけどw)

一生産めないかもしれない。(嫌だけど!認めたくないけど!!)

産むつもりで今を生きるのもいいけど、産まない今できること、やりたいことをしようと思うようになった。

ずっと家の中にいるのもいいなと一年近く思ったけど、今はちょっと働きたくなってる。


コロコロ、気持ち、考え、行動変えていっちゃおうと思う。

あ、今までと何も変わってないなってとこに行き着いてしまったw

残念w