初期流産した話
を書こうとしてたら今週のPodcastがジャストな内容で初めて仁さんブログをリブログしちゃう。
わー怖ーいw
まずPodcast感想
「消されないといいなぁw
今週荒れるかもしれないねーw
消される前に早よ私自分の話書こう!」
はいw
ほんと見事に私の感じた想いと書いて感想ww
内容に触れると
流産してつらい気持ちの相談者に対して、
『それは、あなたが実は選んだことなんだよ^^』って返してましたw
キャーw(≧∀≦)
荒れそーw仁さん痺れるーw
流産経験した私の感想は
「はよ私の話書こう!」
でしたw
いつも仁さんは私の背中を適切な時に押してくれるなーもぉー
感謝しかないわやっぱ。
あ荒れそうって思ったってことは、悪い内容だと思ったのかしら私w
ちょっと話かわって
今日は録画のジブリ映画「かぐや姫の物語」を見てたのだけど、それの感想と同じ気持ちになった。
かぐや姫は、喜びや辛さや悲しみや怒りなど色々な『感情』を感じたくて地球に来たんだなと思った。
出会いに喜び、別れに泣き、みんながみんな愛で行動してて、それ全部が幸せなんだと思った。すべて幸せなお話だった。
私たちもそうなのだ。
なぜ悲しいことがおきるのか。
簡潔な答えは、
「それを感じたくて生まれてきたから」
だ。間違いなく。答えとしては。
でも人は誰も悲しいことを、望んでいない。
当たり前。誰が人の死や別れや悲しみなんか望んでるものか。望んでないから悲しいのだ。
そう、
ところが我々が生まれてきたのは、これを、
この色々な気持ちを「感じたい」がためなのだ。感じて楽しみたいのだ。
私たちは忘れているけど、この人生を生きたいと私が選んで生まれてきたのだ。
そしてその「感情を楽しむ」為には「体験」が必要なのだ。
いい体験も嫌な体験もすべて「感情を楽しむ為起きてる」アトラクションなのだ。
だから私たちはただ抵抗せず、ただ感じるだけ。
嬉しいー
悲しいー
つらいー
苦しいー
楽しー
怖いー
と全部。
そこに劣等感だの罪悪感だの加えるからややこしいのだw
それが起きたことと、あなたや私の素晴らしさは関係ないのにw
流産は悲しいことだ。
誰も望んでない。私だってなりたいなんて望んでない。
だからきっと辛い真っ只中にいるときに
「それはあなたが選んだことなんだよ」なんて言われたら反抗するw絶対するw納得してはいけないと思うだろうw(そうしなきゃ悲しめないからねw)
流産は辛い事実だった。
私はそれをひたすら感じきった。
湧いた気持ちを書き出してみる。
私は子供を産めない駄目な女だと思った。
私は夫に相応しくないと思った。
離婚されても仕方ないと思った。
いや別の女を選んだ方が彼は幸せではないかと思った。
子供が産めないのは悲しいと思った。
でも今回は産めないのかと思うとちょっとほっとした。
ほっとしたことに罪悪感を感じた。
子供が出来ることに不安はある、いくらでも出てくる。
産むより産まない方が幸せなんじゃないかと思う、正直。
そんなことを思う自分が人間失格で女失格だと思った。
子宮外妊娠の可能性があると言われたとき、どんなネタだよと思ってちょっとおかしくなって笑った。
死ぬからってはっきり医者に言われてやっぱり笑ったw
「流産で最高」と言われてほっとした。
ほっとしたことに罪悪感を感じた。
初期流産でよかったとも思った。
4人に1人で、珍しくないことだってコウノドリで知ってたけど自分に起きたことにびっくりした。
生まれる直前の死産よりはましかななんて思った。きつすぎる、とコウノドリみてて思った。
もし子宮外妊娠だったら手術と言われて、手術はやだなー怖いと思った。
卵管破裂したら死ぬと言われて死ぬのはいやだなと思った。
ちゃんと排卵後20日後病院行ってよかったと思った。
「行ってなかったら何日後(未来)に死んでたかもしれない(回避済みなので過去形)」と思ったら、未来過去形という文法を使うことがあるんだなーすげーと思った。
死ななくて良かったと思った。
子供より自分の命優先してる自分を冷たいと思った。
冷たい私は母親になるべきじゃないと思った。
母親になれない女だから子供に選ばれなかったのだと思った。
子宮外妊娠になったのも(結果的に違ったけど)、流産するのも私が悪いのだと責めた。
(続く