例えば、先生に
「〇〇をする必要はない」と言われたとき。
「〇〇をする必要はない」と言われたとき。
私はそれをそのまま受け取って、
「じゃあ、もうやらなくていいんだ!」と
今まで一生懸命やってきたことも、
パタッとやめてしまう。
「じゃあ、もうやらなくていいんだ!」と
今まで一生懸命やってきたことも、
パタッとやめてしまう。
でも、先日ふと思ったんです。
あれ…?
先生が言いたかったのって、
本当に「全部やめていいよ」ってことだったのかな?って。
先生が言いたかったのって、
本当に「全部やめていいよ」ってことだったのかな?って。
もしかしたら、
〇〇そのものはやる必要はないけれど、
そこに含まれている△△は大事で、
そこは忘れないでね。
そういう意味だったんじゃないかなって。
私はずっと、
「やるな」と言われたら
そのもの全部をやめる、という選択をしてきました。
でもそれって、
0か100かでしか見ていなかったということ。
間の「ちょっとだけやる」とか、
「一部だけ残す」とか、
そういう考えが、すっぽり抜けていたんだなと思います。
でも、気がつけてよかった。
これからは少しだけ立ち止まって、
「それって全部やめるってこと?」
「残していいものはないのかな?」
そんなふうに、自分に聞いて
自分で決定をしてみようと思います。
もしかしたら、
同じように「0か100か」で考えてしまう人、
多いんじゃないかな?
もしそうだとしたら、
“全部やめる”じゃなくて
“少しだけ残す”という選択も、
あっていいのかもしれません。
私も練習中ですよ^^
今日が人生で1番いい日です![]()
今日も1日絶好調~![]()
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