ワンセルフカード、メイントレーナーのマサコ(中本雅子)です。
更新トレーナーのための勉強会を
先月からリニューアルしましたが、
こっそり(?)HPにだけ書いて
→ こちら
「ゆっくり紹介していこう」とノンビリ構えていたら
いち早くHPから見つけて下さった方が
先月はいらっしゃいました。
そして明日開催の回は満席!
m(__)m
(↓新しいカードセラピー&専用カードシート付(*^^)v)
さてそんな明日の準備をしていて
こんなマイペースなカード開発者の
私の仕事に関心を持ってくださる方々に
ありがたい気持ちと共に
なんだか謝りたい気持ちが湧いてきました。
そこで思い出したのが
「感謝」という言葉の中にある「謝」について。
辞書での説明は「謝」という文字は
昔はお礼の気持ち表すのに使われていたということ。
(中国語では「ありがとう」を「謝謝」といいますね)
けれどもここから先は
私の個人的な感覚を書いてみます。
それは乳がん体験をして「感謝」という言葉に
別の認識を持つようになったから。
18年も前になりますが
大緊張して臨んだ右の乳房全摘出手術。
無事に麻酔から覚めた時、
心底何かに謝りたい気持ちが湧いたのです。
それは
「神さま、こんな私を生かしてくれて申し訳ない。。。」
「手術に携わったドクターやナースの方々、
立ちっぱなしでお疲れ様。。。」
「廊下で待機してくれた母や義妹、すまなんだ。。。」等など。
そこから思ったことは
「生死の問題から助かった時、
人は何かを感じて謝りたい気持ちが湧いてくる」
のではないか?ということ。
テレビで遭難のニュースなどを見ると
(例えば深い山の中で道に迷い遭難等)
発見された人は助けられたのは嬉しいのに
捜索隊に謝っていることがあります。
そしてもう一つ私の個人的体験を書きますが
10数年前に神人(カミンチュ)さんの家に
寝泊りして沖縄聖地巡礼をしたことがあります。
→ こちら
観光地化していない祈り処を1週間も参拝し続けて行くと
石とか洞穴などの無形、無言の存在に対して、
明るい気持ちなのにやはり
なんだか謝りたい気持ちに包まれていきました。
ですから私にとっての感謝とは
辞書に書いてある「謝意」というよりかは
「感じて、謝ること」。
「ありがとう」は「有る+難い→ めったにない」は
多くの人が知っていて
これはこれで素晴らしい成り立ちですが
「感謝」という言葉の奥深さもあると思うのです。
人は心底感謝するべきことに出くわしたとき、
謝りたくなるのだと思います。
さてもう一度明日の更新勉強会に戻ると
私の受付メールの書き方が悪くて
本来は無料なのに参加費を
振り込んでくださった方もいましたし、
予定を変更して駆けつけてくださる方もいます。
今、夜の雨の音を聴きながら
感謝の気持ちで満たされている私です。
こんなことが「当たり前」となって
カラ感謝とならないように
日々を生きて行きたいと思います。
今回リニューアルした
更新トレーナーの勉強会では
この前までの特別ワンセルフカフェとは
また別の新たなカードセラピーを公開!
乞うご期待!
↓
後日ここで概要をご紹介しますね~(*^^)v
【補記】
(1)5/1付で会社のHP を更新
(2)認定トレーナーの開講日程 を4/27付で更新
(3)このブログとは別の内容で書いている
個人ブログ → こちら










