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こんにちは、写真家でファッションコンサルタントのyukko*です^^

 

またタイトルがカゲキになってしまいましたが😅

 

いや、でもこれほんとです。日本の家庭での多くの場合は。

自分の経験からもね。

 

ちょっとうちの場合の話をざっくり書いてみますね。

(読むの面倒と思う人は後編を書くのでそっちを読んでね)

 

いまでこそ、服のことを仕事にしている私ですが、

それこそ30代くらいまでは、母の言うなりだったんです。

髪型も服も。

 

うちの母は、おそらく本来とっても女らしい、たおやかな人だったであろう人なんですが

 

子供時代に戦時中を経験したこともあってなのか、

耐えることがデフォルトでした。

 

いつも他人のために忙しく動いているし、

自分をすごく律していた人で。

 

で、その影響をもろに受けたのが姉と私、二人の娘たちだったわけです。

 

母はいつもパンツを履いてシャツでかっこいいカッコをしていて、

授業参観日とか、父の職場の関係の婦人会みたいなところにしか

スカートは履いて行ってなかったですね。

 

で、その価値観を私たちにも伝えてきたわけですが、

 

私だってオンナノコ、小学生の頃はスカートも履きたければ

フリルやリボン、レースだって着たかった。

でも、そんなのは全部却下。

 

普段はジャージ一択、入学式や卒業式などのイベントの時のよそ行きも、

マニッシュな服ばかりでした。

ピシッとしたブレザーとか、ネクタイスタイルのパンツスーツとか。

 

たまにお店でフリルのついたワンピースなんかをねだったりもしたんですが、

全く取り合ってもらえない。

 

理由は、「あんたには似合わない」から。

 

まあ、子供ですからねえ。

親にそう言われたらそんなものか、と思っていました。

 

母は、センスは良かったんですよ。

だから、マニッシュな格好ではあるけれど、センスよく服を着せてもらえてはいた。

だから、それについて特に疑問は持たずに大きくなりました。

 

髪も、ストレートの短めおかっぱスタイルかショートヘアしか許されず、

高校生になってこっそりパーマかけた時にはすんごい怒られましたね。

髪を長くするのも嫌がられました。

その反動で今、私は髪を長くしているんじゃないかな笑

 

どうも母の中には、

「女性らしい格好」=「媚びている」という図式があったみたいで。

 

あとね、彼女は自分のことを醜いと思っていたみたいで。

 

私たちが母の若い頃の写真を見ると、

もうめっちゃスタイルはいいし(なんと身長164センチにしてウエスト46cmよ!)

メガネはかけてるけど可愛いし、そんな醜女ではないんですよね。

 

でも、彼女は自分を醜いとずっと思っていたみたいで、

自分の取り柄はサバサバした「できる女」なことだけだと思っていたと思います。

 

いま思えば、女性らしい可愛いものを私や姉が着たり持ったりするのを

母が嫌がったのは、

 

誰よりも、母自身が自分にそれを許していなかったからなんじゃないかなと思っています。

 

よく昨今の芸能人の不倫報道が叩かれまくるのって、

「そういうことをしてはいけないから」って理由だと思うんですけど、

 

私個人の意見ですが、

人間って、複数の対象に対して恋心を持っちゃう生き物なんじゃないかなーって思ってて。

 

私は夫を愛していますけれど、

例えば日常生活に、そうね、玉木宏とか藤木直人みたいな人が現れて(好きなんです笑)、

私に好意を示してくれたりなんかしたら、恋に落ちない自信なんてないです笑。

 

感情って止められないものだし。

 

まあそれを行動に移すかどうかが問題なんだという向きはありましょうけど、

気持ちを止められない場合だってあるんじゃないかなあと思うんですよ。

 

だから、フランスとか自由恋愛の国では不倫騒動がニュースになることはあまりないんですよね。

 

日本って、自分を律することがよしとされている国民性だから、

規律から外れることについて、自分にもそれを許さないし、

自分に許していないぶん、他人にもすごく厳しくそれを見張るような感じになっちゃう。

 

話は母のことに戻りますが、

 

つまりうちの母は、自分が女性らしく装うことを自分に許していなかったから、

娘にそれを許すわけにはいかなかったんだと思います。

 

キリッとして、マニッシュで「できる自分」にしか価値がないって思っていたから

娘たちにもそう生きるようにと願ったんだと思います。

彼女は本来、とても女性らしい人だったはずなのにね。

 

けれど私たちへのそれは、母なりの私たちへの愛だったと思うし、

それを恨んではないですけれど、

 

私の人生のある地点で

「それは母の価値観であって、自分のものではない」と気付けたことは

私の人生を幸せな方向へと転換するための大きなキーとなったと思っています。

 

長くなったので後編に続く。

 

写真は若かりし頃のうちの父と母。

彼らは社交ダンスのパートナーだったんです。

実は何年も日本一のタイトルを持っていたんですよ!

 

それにしてもうちの母、贔屓目もあるかもしれないけど

綺麗だなあ、と思いません?(なんたってウエスト46センチ・・・)