絶対値のわたし | 写真家yukko*のVIVIDにゅ~す!

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写真家でファッションコンサルタントのyukko*です。

わたしは、人は幸せでいるために生きていると思っています。
みなさんにVIVID(イキイキと鮮やかに)に生きてもらうためのお手伝いができると嬉しいです^^

こんばんは、写真家でファッションコンサルタント、シンガーのyukko*です。

 

明日(もう今日か)のファッションコンサルお茶会のために東京に来ています。

 

さっきふと気づいたことがあって、ちょっとシェアさせてくださいませ。

 

 

私は、ステキ〜💕って褒めていただくことが

ありがたいことによくある方だと思うんですけど、

 

結構それをすんなり受け入れられていると思うんですよね。

 

で、それってこれまでの経験値でそういうことが何度かあって

ああ、他人からはそういうふうに見えているのか、って

だんだんと自分の中で

「そういうことになってるんですね」って受け入れられていくような気がするんですよね。

 

でもね、そんな私もたまに

そう思えない時があるんです。

 

そう思えないっていうよりも…

なんかそのことを忘れちゃうって感じかなあ。

 

それはどういう時かというと、

周りの人が私に対して全く反応しない時。

 

例えばそうね、

ロンドンに中国人の人の経営する

すごいでっかい安いレストランがあるんですけど、

そこって働いてる人がみんなそれは忙しそうで無愛想で笑、

 

誰に対しても一律に無礼笑。

(それはそれでいい)

 

で。

 

そういうところにいると、

普段「ステキな人」って扱われている時と

周りの態度が違うから、

自分がステキって言われていたことを忘れちゃう感じになるんですよ。

 

何を言いたいかというと、

自分が自分という人間の価値を評価するのって

他人からの空気感とかそういうものがすごく影響してるなーって思って。

 

そんで、日本ではなんとなく

「自分のことをステキとか人前で言うものではない」

的な空気ってありません?

 

そして、親からそういうふうに育てられてる人すごく多いと思うの。

 

いいですか、

自分がすごいなんて思っちゃダメよ、

上には上がいるし

思い上がったら痛い目を見ますよ、みたいな。

 

これは親から子供を守るための愛だとは思うんだけど

それで自己価値観が出来上がっていくとすれば

 

自分にとって初めて密接に接する大人である親が

それをずっと言ってたら

それがその人の中に真実としてはびこってしまうよね。

 

で、例えばすごく美人だとかモテるとか

そういう親以外からの外的刺激要素がないと、

 

なんとなくみんな

「自分はフツーだ」

(なんなら取るにたらない存在だ、とも)

と思い込んでしまう。

 

でも、みんなこの世に生まれて、

その赤ちゃんの時点ではおそらく

みんなの中の自分の価値は

ものすごい高いはずなんだと思うの。

 

そう、その価値はまさに絶対値。

 

私の話で恐縮だけど、

どうも私はこの絶対値がずっと目減りせずに

生きてこられたタイプなんじゃないかと思っているの。

 

なんていうのかな、

周りからは私はこのくらいで見られてるみたい、っていう私がいて、

 

それとは別、というか…そうね、別枠っていうか

そういうところで

私の奥深くでは

「私って絶対素晴らしくて」って思ってる自分が失われなかったタイプかな、と。

 

だけど私は若い頃は自分を美しいとは思っていなかったのね。

結構体が大きいことでコンプレックスあったりしたし。

だから、外から見た私というのはまあまあ、それなりなのかなって思ってた。

すごい美人の友達もいたから、それも相まって。

 

でも、海外に行って自分のサイズは世界では「普通サイズ」なんだとわかって

びっくりしたし、サイズの合うお洋服がいっぱいあることにもびっくりしたし、

そしてそのサイズの合う服を着た自分を見て

 

「えーーー!自分て結構いけてたのか!」って

かなりビックリした。

(日本ではその頃レディースの服で入るものが少なかった時代だったんですよ。

でかいサイズの女には人権がなかったと思うくらい)

ルーズフィットやオーバーサイズやユニセックスみたいな概念も

私の青春時代のはるか後に出てきたものだしねえ〜

 

で、そこからサイズの合う海外の服を着て自信がついて、

そうすると周りからも見る目が変わってきて、

それで、「外から見えてる私」についても

少しずつ自信をつけていったんだと思う。

 

ただそんな中でも

私の場合は絶対値の自分がずっと高値で推移してきていたんだと思う。

 

で、わりに今は

自分の中の絶対値と

外からいただく評価が一致してきてるように思う。

 

でも、

たぶん私のようなタイプの方がレアケースで、

多くの場合は周りからの外的刺激で

自分を大したことない存在だと思い込んでしまうのではないかなって。

 

要は「外から見えているこんな感じであろう自分」が

本当の自分の価値だと勘違いしてしまう。

 

私がね、

写真家でポートレイト撮ったり

ファッションコンサルをしたりって

そういう仕事してるのって(広くいうと歌もそうなんだけど)

 

接するご縁をもらった方達に

その「絶対値の自分」を思い出してもらいたいと思うからなの。

 

ファッションコンサルの仕組みってね。

 

その人の魅力が出る服を着る

👇

はっ!えっ!実は私こんないいカンジだったの?!

👇

周り「似合う〜ステキ〜💓」

👇

えっ、やっぱそうなの?そう思っていいの?

👇

だんだん定着

 

みたいに、段階的に

自分の絶対値に近づいていけるの。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

これまで長い間信じ込んできた

「取るにたらない自分」というのは

 

周りからの外的刺激によってできた「皮」みたいなものなんだと思う。

 

必ずみんな、一人残らずみんな、

内に宿した絶対値の自分がいる。

 

そんな自分を信じてみたい、と思ったら

そしてそれに誰かの助けが必要だったら、

ぜひ私に会いに来て。

 

明日(もう今日だけど)

ファッションコンサルお茶会まだ空きがあります!

 

プラミスさんと集合時間まで、ドタ参加まってますよー!

(下の二つ目の記事の最後にプラミスさんのラインのリンクがありますので

そこから連絡してくださいね)

 

 

 

 

 

 

 

一緒にお茶会するプラミスさんの、きょうの試着シリーズ。

 

彼女は毎回素直に新しい自分を発見してくれるので

やり甲斐があります笑!

 

本当に…よくここから変わってきたよね…!😆

(ご本人も出してるこの写真お借りしてよかろうw)