筑波大学の茗荷谷キャンパスに通い始めてから、丸ノ内線に乗る機会が増えた。
東京駅から赤い車体に乗り込み、御茶ノ水、本郷三丁目と過ぎていく。そのうちに「淡路町」という駅名がアナウンスで流れる。
その時 毎回思い出す小説がある。
『地下鉄(メトロ)に乗って』。
浅田次郎が1994年に発表した作品で、第16回吉川英治文学新人賞を受賞している。地下鉄を通じて主人公が昭和の東京へタイムスリップしていく物語だ。
特に印象に残るのは、戦後間もない闇市の空気と、東京オリンピック前夜の熱気だ。焼け野原から少しずつ立ち上がっていく人たちの姿。
貧しい。
でも妙にエネルギーがある。
不器用で荒っぽくて、それでも前へ進もうとする。
読むたびに思う。これは「懐かしい昭和の物語」ではなく、人間の「生き抜こうとする力」の話なのだと。
筑波大学へ向かう朝の丸ノ内線は、もちろん令和の東京だ。スマホを見つめる人、ノートPCを開く人、外国人観光客、リスキリング講座へ向かう社会人。時代はまるで違う。
それでも不思議と、地下鉄という空間には「時代を縫い合わせる」感覚がある。
地上では街が変わり続ける。建物も、価値観も、働き方も。でも地下鉄だけは、何十年も前から黙々と人を運び続けている。
だからなのかもしれない。淡路町を通るたびに、リスキリング中の今の自分と、戦後を必死に生きた人たちの姿が、どこかで重なって見えることがある。
もちろん、今は比較にならないほど恵まれている。食べるものも、安全も、情報もある。
それでも、多くの50代・60代が、静かにこんなことを問い直している。
この先、どう生きるのか。何を学ぶのか。自分は何者なのか。
それはある意味で、"もう一度、自分の人生を立ち上げ直す作業"なのかもしれない。
地下鉄は、ただの移動手段ではないのだと思う。過去と現在、若かった頃の自分と今の自分、「これからどう生きるか」を静かにつなぐ場所。
朝の丸ノ内線の中で、そんなことをぼんやりと考えている。
ちなみに本作は2006年に映画化されている。主演は堤真一。昭和の東京の再現だけでなく、「親子」「記憶」「時間」というテーマが、アラカン世代にはかなり響く作品だと思う。
■参考 ・Wikipedia『地下鉄に乗って』 ・松竹 映画『地下鉄(メトロ)に乗って』作品情報 ・映画.com『地下鉄(メトロ)に乗って』あらすじ
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