ラジオで聞いて思い出したけど、
昔はお母さんのいない人
という習慣がありました
子どもの頃はふーんと聞き流していたけれど、
まさか自分がそ
そして、自分が
まぁ、世の中にはそんな人もゴマンといるわけで、
私はその人たち
持つことができている
幸せそうなママたちの姿を見て、私も幸せのおすそ分けをいただい
それを悲しいなどと思う気持ちはもうとっくに過ぎ去り
未だその渦中にいる人には「必ず時が解決するから」と
今の私しか知らない人には想像できないかもしれないけれど、
私にも「赤ちゃんを誘拐する」人の気持ちが理解できるくらい
思い詰めた時期がありました。
人のご懐妊報告に「おめでとう」と言いながら顔がひきつる日々でした。
ずい分いろいろ考えたけど、
でも、世の中、考えてもどうしようもないことってあるんだなと。
考えて考えて考え抜いたけど、もう考え疲れて考えることをやめました。
どうしようもないのなら、考え方を変えようと。
きっと私には、母になる以外の別の使命があるんだと。
(まぁ、何でも自分の都合のいいように考えた方が楽チンです)
そして、そんな人が世の中にたくさんいることにも気付きます。
不妊だけでなく、病気で子宮をなくした人、卵巣をとってしまった人、
事故で子どもを亡くした人、様々な人がいること。
そんな、人の痛みに寄り添える心を持つことのできる体験だったこと、
そんな風にも思えます。
今苦しい思いをしている人も、必ず何か別の形で明るい未来がやってきます。
今の「点」だけを見つめて苦しまないで。
「今」は永遠じゃない、必ず「今」は「過去」になる日がやってきますから。