今日も実家。
父親の様子は、特に今すぐどうということはありません。
でも、日々本当に日々、体の中の細胞が少しずつ衰え、機能しなくなっていると感じます。
以前、伊都安蔵里の八尋社長から教えていただいた言葉をふと思い出します。
「無農薬の野菜は枯れることはあっても腐ることはない。
不自然なものは枯れる前に腐ってしまう」
父は、運動機能は衰えてしまっているけれど、脳や内臓はいたって健康なようです。
できれば、病気で痛んで腐ることなく、ごく自然に少しずつ枯れるように
命をまっとうしてほしいと、心から祈ります。
私には、母を突然亡くしたときから人間は必ず死ぬものだという覚悟ができているようです。
だから不思議と「死んでほしくない」のような、アオ臭い想いはありません。
人間は全員が死に向かっているわけで、それを止めることは誰にもできません。
その時期を、テクノロジーで多少遅らせたところで、どうなるものでもありません。
人間の細胞の寿命は60年くらいのもの。
70歳を「古希」というくらい、昔はそこまで生きることは稀だったのでしょう。
うちの父親は83歳。
まだまだ、という気もしますが、動物としての寿命はもう十分な気がします。
いろんなことが手を借りないとできなくなり、もうプライドもずい分傷ついているでしょう。
そんな自分を受け入れながら生きるというのも、なかなかに大変だなぁとも思います。
とにかく、まさに余生を穏やかに気持ちよく生きて欲しいと思うだけです。
そして、私も後になって「あー、もっとこうすればよかった」と後悔したくないなぁと。
だから、今できることはできるだけやっておきたいと思っています。
今は、父親のそばにいることだけしかできないけどね。
あと、彼女のグチを聞いてあげ、ガス抜きをしてあげることだな・苦笑
これまで一人で頑張ってくれていた彼女に本当に感謝するし、
これからは彼女と一緒に協力して、支えあわなければなぁと強く思います。
(あ、兄貴もいるんだけど、まぁ、まったくアテにできず
)そうそう、年寄りは子供に帰るというけれど、まったくその通りだなぁと思います。
ご飯の準備して「さあ、食べようよ」というときになって、トイレに行く

なかなか出てこない、せっかくの料理は冷める・・・・・

「さあ、でかけよー」というのに、準備がなかなか進まない。
「早くしなさい!」と言いたいママと同じことを、私も体験することになろうとは

忍耐強くなります。
