君たちは今、地上100メートルの高さにある平均台を歩いている。
ただ先に進むだけなら、幅が20センチもあれば十分なはず。
でも、それだといつ落ちるか不安で心配だろう。
だから、決して足では触れない(最低限の必要性はない)
かもしれないが、平均台の幅をなるべく広くしておいた方が
安心できる。
人生において、それが「勉強する(教養を高める)」ことの意義だ。
どこからの出典かは忘れました。ごめんなさい。
ただ、どこかの学校の先生の言葉だったと思います。
同じ先生の話をもうひとつ。
なぜ昔の人は、和歌を贈られるとすぐに気の利いた返歌を返せたか?
それは、四六時中歌のことを考えていたから。
つまり、歌を投げかけられて考え始めるのではなく、
いくつもの表現方法をストックしておいて、
ここぞという時に、最もふさわしいフレーズを出す。
当然、大半のフレーズは一度も使われることはない。
目に見えない99個がなければ、珠玉の一品は生まれない。