芥川賞候補作の尾崎世界観「母影」(「新潮」2020年12月号)を読みました。
 
 
本作が収録された「新潮」2020年12月号、三島由紀夫没後50年特集ということで完売情報が流れていてまじか……😱となっていたのですが、運良く書店で見つけてゲットすることができました!
 
 
候補作を全て集められるか、というのが毎回ヒヤヒヤなんです。新潮と文學界は来年から定期購読しようと思います(前回もそんなことを言っていたような……)。
なので「新潮」が見つかったのはここ最近でいちばん嬉しかった出来事でした。笑
 
 
さて、尾崎世界観「母影」の内容紹介です。
 
 
この物語の中心人物は小学生(明示されていないけれど低学年だと思われる)の「私」。
 
 
マッサージ店で働くお母さんとふたり暮らしで、学校帰りにお店でお母さんの仕事が終わるのを待つのが日課になっていました。
 
 
「私」はお母さんが施術しているベッドのとなりでおとなしく待ちます。
見えるのはカーテンごしにうつるお母さんの影だけ。
お母さんの影を見つめ、お母さんの気配を感じながら「私」は宿題をしたり、じっとしていたりして時間をつぶしていたのでした。
 
 
お母さんのところに来るお客さんは、ひんぱんに身体を直しにくるおじさんばかりで、「私」はひんぱんに身体がこわれるお客さんの弱さに反感を覚えながらお母さんの仕事を見守ります。
 
 
おじさんたちはお母さんに身体を直してもらいながら、おこったり情けない声を出したりして、ときおり不穏な空気を漂わせます。
 
 
「私」は自分の気配を消しながらも、変な気持ちがこみ上げてきます。
 
 
自分もこわれてしまった気がする、お母さんに直してもらわなければと思うけれど、それをどうお母さんに伝えていいかわからず、お母さんがカーテンをあけて「私」を迎えるころには言葉はひっこんでしまうのでした……。
 
 
この物語は小学生の「私」の視点から見える「母影」を通して、人間の“影”の部分をもあぶり出しています。
 
 
「私」の視点からもうっすらと語られますが、マッサージの仕事にはあきらかに不穏なものが漂います。
 
 
カーテン向こうの世界には、子どもが立ち入ってはいけない何かがある。
家が決して裕福ではなく、お母さんが唯一の稼ぎ手であることをわかっている「私」は鋭敏にそれを察知し、立場をわきまえつつも、こみあげてくる嫌な感情をおさえることはできません。
 
 
小学生といえども不穏なものには敏感で、「私」はクラスメイトからお母さんが「変タイマッサージ」をしているとからかわれ、クラスで孤立してしまっていました。
 
 
しかしそう言うクラスメイトのお父さんや学校の先生がお母さんの「お客さん」になることもありました。
 
 
「私」は立派そうにふるまう大人たちには別の一面があることを知り、嫌悪感をあらわにしながらも、黙ってお母さんの影を追い続けるのです……。
 
 
お母さんとの暮らしを守ろうとする「私」の健気さに胸が痛む物語でした。
 
 
子どもが立ち入れない影の世界で奮闘するお母さんの影は「私」に嫌な感情をもたらしますが、同時にお母さんに頼ることしかできない自分の無力さをも思い知らされます。
 
 
でも孤独な「私」にはお母さん以外の居場所はありません。
「私」の影が、太陽の角度でお母さんの影のように大きくなってゆく描写があるのですが、人間の“影”の部分に触れ、さまざまな思いを抱えながらも最終的には「お母さんの助けになりたい」と思う「私」を反映しているように感じ、なんていじらしいシーンなのか、と胸がつぶれる思いがしました。
 
 
この物語の特徴は、小学生の「私」視点が克明に描かれていること、そして大人の世界との棲み分けが明確になされていることです。
 
 
この物語では「私」視点の言葉足らずな調子の語りが続きますが、大人の世界のこともきちんとわきまえていることがはっきりと分かります。
 
 
子どものいじらしさと大人のいやらしさが混じり合った語りはなんとも苦々しい読みごこちを与えますが、これが人間の姿を正直に誠実に描き出すやり方なのかもしれないとも感じました。
 
 
お母さんの影を追い、早く自分も大きくなあれと願う「私」の祈りがしばらく頭から離れない衝撃作でした。
 
 
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