チェ・ウニョン『わたしに無害なひと』(亜紀書房)を読みました。
最近、日本の読書界隈では韓国文学がアツいですね!
『82年生まれ、キム・ジヨン』も映画化されましたし、翻訳版の韓国文学を書店でよく見るようになりました。
映画の予告編をはっておきますね↓
本書は『わたしに無害なひと』というタイトルに惹かれるものがあって手に取ったのですが、この作品も『82年生まれ、キム・ジヨン』と同じく、読み進めるのが辛く感じるところの多い、女性の生きづらさが克明に描かれた力作でした。
本書は7編の短編小説集。
家父長制の強い韓国社会を舞台に、女だから、次男だから、マイノリティだから、という理由で抑圧され続けてきた人々の苦しい心の内が滲み出ている作品集です。
各編のあらすじは以下の通り。
「あの夏」
女子高生のイギョンとスイは16の夏に出会った。ふたりは惹かれ合うものの、社会の偏見や家庭環境がふたりの仲を阻んでしまう……。
「六〇一、六〇二」
私の家の隣に住むヒョジンは、兄からひどい暴力を振るわれていた。ヒョジンは「誰にも言わないで」と言うのだが、傷つけられる一方のヒョジンを見ていられず、止めに入ろうとするのだが……。
「過ぎゆく夜」
姉のユンヒと妹のジュヒ。かけがえのないきょうだいであるはずなのに、ユンヒは周りの目に鈍感なジュヒを憎らしく思ってしまう……。
「砂の家」
インターネット上で出会ったモレとコンムと私は、最初で最後のオフ会を開き、改めて再会する。
他者に依存的なモレと、兄に抑圧され続けているコンム、ふたりの弱さに共感したり反発したり違和感を口にしたりする私。
3人の関係は危うい局面を迎えながらも細々と続く。3人はお互い寄りかかり合うように心の支えにしていることに気づき……。
「告白」
元恋人のミジュが、修道士になる前の俺にしてきた告白。
高校時代の親友だった、ジュナとジニとの思い出について。勝気で世話焼きなジュナと、いつも温かい愛情を注いでくれたジニと楽しく過ごしていたのに、ある日のジニの告白によって、すべてが崩れ去ってしまう……。
「差しのべる手」
ヘインの育ての親だった叔母・ジョンヒと数年ぶりの再会を果たした。
叔父が亡くなったことで突然ヘインの前からいなくなってしまった叔母にヘインは心の整理がつかなかったが、叔母との暮らしはヘインがいちばん居心地の良い暮らしであったことを思い返す……。
「アーチディにて」
ブラジル人のラルドは、一目惚れをした相手を追いかけにアイルランドまで飛び立つ。
しかしラルドの思惑通りにことは運ばず、火山の噴火で帰国することもできなくなり、アーチディという村のりんご農園でしばらく働くことにする。
そこで出会ったのは元看護師のハミン。韓国人の彼女はそっけない態度でラルドに接するが、次第にお互いの抱えているものを打ち明け合うようになる……。
著者あとがきには、「この短編集の七編の物語には未成年の私が通り過ぎてきた時間がしみ込んでいる。軽んじられ、大人の都合で利用される幼い心と体について、私はこの物語を書きながら長いこと考えた。」と書かれています。
この物語は決して「昔話」ではないこと、今でも差別や偏見による抑圧がしっかりと根を張っていることをあとがきで突き付けられ、さらに胸が痛みました。
わたし自身の体験で言えば、この物語集のようなあからさまな抑圧は受けてこなかった、恵まれた幼少期だったと思います。
でもそれはきっと、わたしが一人娘だったことや、母子家庭であったことで男性社会や家父長制と距離のある立場だったからなのかもしれません。
社会に出て、女性社員が数人しかいないような男社会に飛び込んだときにそのことを痛感しました。
暴力や差別はないけれど、言語化しにくい同調圧力やステレオタイプの押し付けを感じて戸惑ったという話は以前のブログでも書きましたが、結局、それらに対して何か対抗したかというと、何もできませんでした。
(当時、反発するほどのエネルギーが残っていなかったので・・)
当時わたしが抱えていた「自分さえ我慢すれば丸く収まる」というような自己犠牲的な気持ちを、7編の登場人物たちも持っています。
だけどその分彼女たちはさらに傷つき、心を閉ざしてしまいます。
彼女たちの思いがわかるだけに、いったん本を閉じて一呼吸置きたくなるほどの、重い空気を感じました。
その中でささやかな光となるのが「わたしに無害なひと」の存在です。
タイトルなっているこの言葉について、わたしは傷ついた人たちが人生を踏ん張るために必要な人たちのことではないかと思いました。
わたしを理解してくれる友達や恋人、家族。
ひょんなご縁で隣り合わせになった人。
お互いの弱さを認め合い、慰め合う仲間。
そうした「わたしに無害なひと」がそばにいれば、人生を諦めずにどうにかやっていけるのではないか・・というメッセージをわたしは受け取りました。
この物語を読み終わって、わたしは自分にとっての「わたしに無害なひと」の存在を思い浮かべながら、自分自身が害を与える人、傷を与える人にならないように十分に気をつけたいとも思いました。
弱さは誰もが持つものだと思いますが、他者の弱さに自分と似たところを感じて嫌悪感を持ってしまう、ということも大いにあるからです。
自己犠牲的な気持ちも、自分の弱さのひとつかもしれません。
そうした弱さに常に自覚的でありながら、「わたしに無害なひと」に支えられつつ、どうにか人生を踏ん張っていきたいと改めて感じた作品でした。
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