この物語の主人公は、偉大な画家を父に持つ20歳の森園いずみ。
いずみは、父が60歳、母が40歳のときにできたひとり娘で、父は数年前に“困った亡くなり方”をしてこの世を去ってしまいました。
その“困った亡くなり方”とは、父の死に立ち会ったのは母ではなく、愛人だったということ。
愛人との旅行中に父は倒れ、母といずみは亡くなった知らせを突然受けるのです。
亡くなって数年経ってもいずみは未だにそのことを上手く飲み込めずにいるのですが、もっと飲み込めていないように見えるのがいずみの母でした。
いずみの母は父の絵のモデルをしていたこともあり、60歳であってもかなりの美貌の持ち主でした。
父が亡くなってからも変わらず身綺麗にし、洋服や贅沢品をたくさん買って優雅に過ごしていました。
“困った亡くなり方”がわかった当時、母は一晩熟睡しただけで何も触れず、まるで何もなかったかのように振る舞います。
そんな母を慰めるように、美術館と併設している自宅には母に好意を寄せる人がしばしば訪れ、他愛もない会話を繰り広げるのです。
母のもとに訪れるのは、演出家のトリさんとカメラマンのジンちゃん、父の絵をたびたび買い取りにくる画商の掛川さん、父のアトリエだった離れの部屋を間借りしている伏見さん。
いずみは68歳の伏見さんにひそかな好意を抱き、思い切って告白したのですがきっぱりと断られてしまいます。
なぜなら、伏見さんを含めて彼らはみんな、母に夢中だから。
いずみは失恋したショックと母への悔しさから母に対して反抗的な目を向けるようになるのですが、いつものほほんと暮らす母は何を考えているのか一切わからず、かといって母に面と向かって何を考えているのか聞けないでいたのでした。
そんな不思議な関係性が危ういながらもなんとか維持されているなか、父の死に関して蓋をしていた“困ったこと”がひょんな形で明かされてしまいます。
父の死から5周年ということでドキュメンタリーのテレビ取材が入った時、そのドキュメンタリー番組に父の愛人もはっきりと映り、父との思い出を饒舌に語っていたのです。
テレビを観ていた母娘と伏見さんらは呆然とし、母になんて声をかけて良いのかわからず、絶句してしまいます。
母は何事もなかったように装いますが、いずみは心配でいてもたってもいられません。
その場では何もありませんでしたが、やがて、母はいずみたちが予想もしなかったかたちで父の死に対するある行動を取るのです……。
ヘンテコだけど魅力的なお母さんと、お母さんに夢中な人々、そして彼らを冷めた目で(伏見さんを除いて)みつめるいずみ。
彼らの暮らしは、わたしたちの想像する「日常」とはかけ離れた、浮世離れした様子が描かれています。
お母さんは料理上手だけれども生活感がなく、トリさん、ジンちゃん、伏見さんらとそれぞれふたりで旅行に出かけたりと異性との距離感もつかみどころがありません。
そんな不思議な世界観のなかで、いずみと同じく「このお母さんは何を考えてるんだ?いや、何も考えていないのか?」と悶々としながら読み進めていきましたが、最後まで読んで、「何を考えているのかわからない」と思うこと自体がナンセンスなんじゃないかと思うようになりました。
「パパってさ、どういう人だったんだろうね、実際」
と訊いた。さあねえ、とママは答える。
「わかんない。いろいろ想像してみるけど、人の心の中なんてわかんないものね、結局。パパは死んじゃったからたしかめようもないし。でもまあ、わたしはパパを好きだったわ」(291頁)
それはほぼ最終部のこの一節を読んだからです。
人の心なんて実際、どう思っているかなんてわかりっこないのに、「わからない」ままでいることがかなり不安でしんどいことだから、わたしたちは心を探りたくなってしまいます。
だけど、自分の気持ちが揺らがなければ、相手の気持ちを探る必要なんてないのかもしれない。
ヘンテコなお母さんの、どこかのほほんとしたセリフは、心配性のわたしにハッとさせる気づきを与えてくれたのでした。
読めば読むほど、ヘンテコお母さんの魅力が少しずつわかりはじめる、不思議な読みごたえのある作品でした。
この物語の面白いところは、最後まで登場人物全員が片思いのままなんですよね。
誰かが結ばれてハッピーエンド!というわけではないのに、彼らが自分の気持ちを大切に持ち続けていることにすごく温かい気持ちになりました。
あの人が好き、という感情の温かみに触れたい方におすすめの作品です。
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