桐野夏生『優しいおとな』(中公文庫)
「おとなは三種類だ。優しいか、優しくないか、どっちつかずか。優しいおとなは滅多にいない。優しくないおとなからは、すぐ逃げろ。でも、一番僕たちを苦しめるのは、どっちつかずのやつらだ。しかも、そいつらは数が多い。絶対に信用するな。ともかく、おとなを見極めろ。それしか僕たちの生きる道はない」(67頁)
舞台は近未来の日本。
経済が破綻し、東京・渋谷はスラム街と化した。
福祉システムは崩壊し、老若男女のホームレスが絶望的に増え、困窮した人々は一日を生きるのに必死で、食べ物・寝床を奪い合うことも日常茶飯事だった。
大人は自分以外を守れなくなり、育てられずに野に放り出される子どもが増大した。
主人公・イオンは渋谷で野宿生活を送る孤独な少年だ。
身寄りのない子どもは児童保護センター、通称「児セン」に保護されるが、経済が破綻した日本において児センは保護の機能を果たさず、まるで刑務所のような劣悪な環境に逃げ出す子どもも少なくなかった。
イオンは児センから逃げ出した少年のひとり。
冒頭の言葉は児センに保護される前、「ハウス」という施設で暮らしていた頃に兄弟分の「鉄」と「銅」という双子の兄弟から教えられたもので、とある理由で「ハウス」を離れ、児センを逃げ出してからは一日たりとも誰にも簡単に心を開かず、「優しいおとな」を見極めようとしていた。
東京をさまようホームレスは集団となり、いくつかの派閥が作られた。ストリートチルドレンの集団、女性ホームレス集団「マムズ」、闇の世界で生きるアンダーグラウンドな組織「夜行部隊」など。
イオンはそのどれにも属さず、一日数百円のロッカーの見張り番の仕事で食いつなぎ、ただひとりで生き延びていたが、ある日「ストリートチルドレンを助ける会」というNGO団体に所属するモガミという男に声をかけられる。
イオンはもちろん簡単に心を開かないが、なぜかモガミはイオンを気にかけ、事あるごとにイオンの様子を見に来るようになる…。
いくら「優しいおとな」を見極めろと言っても、イオンは未就学の少年に過ぎない。
サバイバルゲームで遊ぶ集団に暴行されたり、「ハウス」にいた頃に別れた実の姉に大事に保管するように言われた新聞記事(イオンは漢字が読めないため記事の内容は理解できない)を盗まれたりと、孤独なイオンに追い打ちをかけるような出来事が続く。不安を覚えたイオンは、「鉄」と「銅」に再会するべく行動に出るが、そこでもイオンの試練は続く…。
イオンのスリリングな試練に加え、モガミという男の正体、「鉄」と「銅」の存在、新聞記事に書かれていた「ハウス」の実態などが次第に明かされていくため「イオンはどうなってしまうのだろう?!」と気になって仕方がなくなり結末を読み終えるまで一気に読み込んでしまった。「優しいおとな」の本当の意味を知り、結末で号泣してしまった。
本書は時間を忘れるくらい物語世界に没頭できる一冊だ。また、物語設定がファンタジーとは言えとても生々しい。将来こんな日本になってしまったら…という恐ろしい可能性に思いを馳せ、読了後もしばらく緊張状態が止まなかった。
集中すれば2〜3時間で読了できる。旅の移動時間で読んだ人は、旅先の豊かさをより一層感じられるのではないかと思う。