能meetsブログ特別企画
番外編③ 能の道具 其の二
今回は大切な「お稽古」に注目して道具を紹介いたします。
南川さんのお稽古レポートコチラの記事でも触れましたが、お能は実際にお稽古をする事によってより面白く興味深くなります。
理解が深まったり、その難しさに触れたり。
今のこの状況はとても辛く厳しいものですが、その期間を過ごすために、色々皆さん工夫されていますね。
新しい試みをされたり、デジタルなものに取り組んだり。
先生も所属されいてる霜乃会や、ご自身のお仕事で少しずつそういったものにも参加されていますが、一番は「こんな時だからこそ稽古をしています」と仰っていました。
自身の研鑚に励むという事ですね。
お稽古の時には、謡本を置く見台(けんだい)。
杉江能楽堂でもお稽古を普段はされているので、たくさんの見台がありました。
正座で使用するものと、椅子に座って使用するものがあります。
そしてこれも流派で模様が違うんです。
杉江能楽堂のものは先生と同じ観世流。
左に月(八分目の月)・右に瓢箪です。
瓢箪の先が相手に向くように、と、覚えたらいいと仰っていました。
この模様は、観世流九世観世黒雪の辞世の歌
「わが宿は 菊を籬に露敷きて 月にうたふる瓢箪の声」
からきているそうです。ちゃんと理由があるんですね。
「謡うときには、瓢箪のようにお腹を膨らませ、口を締めて八分目に」
という教えを忘れない意味があるそうです。
そう、口を締めて八分目…
ついつい現代演劇の発声練習のような口径で謡ってしまって、注意をされたことを思い出しました。
この模様と共に、胸にしっかり刻みたいと思います。
道具にもそういった精神や教えがしっかりとあるんですね。
写真は、私がした縦結びが気になって直す先生です。
失礼しました…
先生の前にあるのは拍子盤。
こちらは杉江能楽堂のものです。
ヒノキで出来ていて、ちょっと調べてみたのですが…とても高級品です。すみません下世話で。
それを張り扇で叩きます。これは和紙と皮で(たまに壊れた扇で)作られるそうです…!これも手作りとは…。
お稽古の時には先生が、張り扇を手に右手を大鼓・左手を小鼓・(太鼓もその間にされます)口で笛を演奏されます。
一人囃子方です!
※左右どちらで小鼓・大鼓やるか、太鼓もやるか、などは人によって違うそうです。
この静止画を見て、その話を聞いても「嘘でしょ」と思うほどの能力なのですが、実際にみていただくと本当に感動しますよ!
最初に見た時はあまりのことに「何をしているんだろう」と思いました。
囃子方を一人でやっていると聞いたときも、右手で丸を書きながら左手で四角を書く事すらままならない私は信じられませんでした。
是非とも能meetsが再会された時はご覧いただきたいです。
曲解説をする能meets北浜ではほぼ毎回登場します。
そんな日々のお稽古。
その積み重ねが舞台に繋がるのですが、私がとても興味深かったのは「申合せ(もうしあわせ)」という所謂リハーサルです。
ひとつの舞台の為に現代演劇では約一ヶ月ほどお稽古を出演する皆で一緒にやります。
だんだんと、本番に近づくにつれ、小道具を持ったり、衣裳をつけたり、音響を入れたり。セットを組んだり。
そこから本番の1週間~1日前くらいに劇場入りして、実際の舞台でのお稽古をしますが、その時間は短いです。
短いですが、場当たりと呼ばれる音響や照明とのあわせと、ゲネプロという本番と全く同じように全体を通すリハーサルがあります。
ただ、お能はそれが全くなく、この申合せ1回だけです。
しかもよくよく聞くとその申合せも
装束はつけない、道具もつかわない
と。
この企画が始まって新しく聞いたのは
大鼓は実際にやらない
…えーっっっ!!!
理由は大鼓は消耗品であることや、本来は2時間前から楽屋に入って乾燥させるために火鉢(今はコンロだったり)で作業をしなければならない、など色々あるそうです。
「手も痛いですしね」とも先生が。
いやいやいやいや…それで本番だけって不安しかないのではと思ってしまうのですが、そこが違うんですね。
申合せは
本番前1度だけが原則
数日前から前日
本当に不思議です。
これについて先生は
「申合せの段階でほとんど完成している」と仰いました。
出来の良し悪しではなく、シテ、ワキ、地謡、囃子などの出演者各々が自身の役割をしっかりと稽古して万全で申合せに臨むという事です。
現代演劇でももちろん日々の稽古(台本の読み方・基礎体力・発声)などはありますが、台本に関してはその都度新しいものです。
なので稽古はゼロから始まりますが、能の場合は
「〇月〇日の舞台は演目は高砂です。」となったときに
高砂という演目に対して、シテはどう動く、地謡はどんなセリフを謡うのか、太鼓はどのような手組を打ってくるのか等、あらゆる事柄を既に心得ているので、その心得を軸にして、更に稽古を積み重ねて本番に挑む、という事でした。
脚本がすでにあるお能との大きな差ですね。
歌舞伎も演目についてセリフはある程度決まっていますが、どう動くかは「振付」がその都度違うそうです。
林本:
我々は、「演目は羽衣です」と言われた瞬間に、既に舞台がもう見えているし、自分のなすべき役割について理解しています。
もっと言えば、例えば初体面の能楽師と突然一緒に謡えと言われても、流儀が同じである限りほとんど外れることなく合わせて謡えます。
スタッフ:
かといって、申合せナシってわけにはいかないんですか?
林本:
我々が「申合せ」で何をしているかというと「各役者の心持ちの確認」が最大の目的です。
つまり、どれだけシテが強く舞う又は艶やかに謡うのか、どれだけ囃子がしっかりと打ってくるのか、その微調整です。たまには微調整で済まない時もありますが。
例を挙げましょう。
私が「羽衣」の天女をつとめるとします。
前日に申合せが行われる。私の師匠がそれを監督しているものの、具合が悪い箇所があっても途中で止めることは絶対にありません。
一通り済んだ後、舞台上で皆の前で「あそこのセリフはもう少しシッカリ謡いなさい。」等様々ご注意いただいた後、「では明日よろしくお願いします。」と、なんとこれで申合せが終了。
やり直しはありません。
皆さんどうですか?
私の立場なら。「どれだけシッカリ謡えばいいの?」と正解が得られないまま申合せが終わるのです。
本番は明日。
それまでの間に私は考えます。
「少しゆっくり謡えばよかったのかな。いや、少し高さを変えるべきか。いや、他をスラスラと謡えば解決するか。そもそもここはなぜシッカリ謡う必要があるのだろう。そういえば小鼓はゆっくり打ってくださってたな・・・」
他の出演者も同じことです。
「あそこはシッカリと言われたけど、あんなもんじゃないか?」
「シテの謡が早かったから、本番はもっとゆっくり謡うように誘いかけてみようか」など。
各々が各々の思いを抱き、明日の本番を迎えます。
スタッフ:
それで、本番はバッチリ…
林本:
いくこともあれば、バラバラになることも。
しかしこれは「バラバラになった」と言うよりも、「思いが違っていた」と解釈すればいかがでしょうか。
能の魅力はここにあるのです。
総合芸術であり、常に同じメンバーで行う訳ではない一期一会の舞台では、「思いの違い」が生まれる事の駆け引きが能の緊張感を作るのです。
なるほど…
この辺りは、実際の能舞台や、能meetsで実演を交えながら先生の声で、口から、お聞きしていただきたいと思います。
このブログでも何度かお伝えしているお能ならではの取り組みや、先生の考え方を通して舞台を観ると本当に色々と想像が広がります。
林本:
また、申合せでは装束は着けずに着物姿で勤めます。
本来袖を翻すような型も「翻したつもり」で腕の動きのみ。必要な小道具も本番に使うものは使用しない事があります。
装束や道具を使わないと具合もわからないでしょう。
なぜそんな風習なのかは分かりませんが、やはり「装束や道具を大切にする心」ではないかと考えます。
この1日だけの申合せ、しかも不親切な申合せ。
本番の道具も使えない申合せ。
こんな申合せがあるから、自身の稽古に重みを持ち、師匠や先輩方のご指摘に悩む事でより役の内面に気持ちを向ける事ができ、本番に着る装束や道具の形に思いを巡らせる事が出来るのだと感じます。
与えられないから、いいのですね。
※プロのお稽古は人には見せないものなので、特別にお稽古のイメージ写真を添えさせていただきました。
能そのもの、先生の行う能meetsそのものの魅力の一端が詰まった言葉を聞くことが出来ました。
全てではないから、想像し、探求したくなる。
まだまだ色々とお聞きしていきたいと思います。
この後も先生が作った道具を中心にまたご紹介させていただきます!










