奪われた日常はただの日常となる | 悩みとうまく同居できる人になろう 〜人生を楽に生きる簡単な方法〜

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奪われた日常はただの日常となる



優しいあなた、毎回押していただいてありがとうございます。
すごく励みになります。


今日もお立ち寄りいただいたあなた
いつもありがとうございます。


はじめましてのあなた。
ご縁をいただき感謝します。


先日、日常のありがたみと題して
日常ってなんだろう?みたいな
お話をしました。


参考記事:日常のありがたみ


その中で、日常って常に変化するもの
と私の持論を展開しました。


そんな中、突然日常を奪われ
病院で生活することになった義父。


病室へ行くと、他のガン患者の方と
楽しそうに談笑する姿が印象的だった。

それは、すでに今の日常の姿そのもの。

抗がん剤治療が始まるまでの
少しだけ穏やかな時間。

たまに遠くを見つめて
じっと考えごとをしている。


今までの日常は奪われ
その状態が日常となる。


人生は、ただそれを繰り返すこと。

そして、誰ひとり例外なく
必ず終わりの日は来る。

それは、明日かも知れない。


私も心の病と闘って

当初、『奪われた日常』

と思っていた状況が
今では日常となっている。


要はずっと同じ日常など存在しないのだ。

今日までの日常は、明日の非日常。

すべては普通であり、普通ではない。


そう考えると、すべてはフラットになり
心は穏やかになる。


確実にいえることは、今日も理由もなく
生かされている。


病気を抱えていようと、どんなに心が疲れていようと
今日も理由もなく生かされている。


ただそれだけで、ありがたい。


それでは、また。