”障害者差別解消法”という法律は必要か否か。法律があれば世の中は良くなるのか。 | 想いのままを言語化する亜澄の世界in広島☆As Me✩

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3年前かーーーぁ

 

 

 

 

 

障害者差別解消法

 

 

 

 

これ、「知りたい」って人、企業はどのくらいあるんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

ウチはね、法律って確かに必要だし、とっても大切だって思うんだけど、

 

 

法律があるからどーのこーの、ではなくて、

 

 

 

なんて言うのかな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これって、人として当然じゃん!って思う事なんです

 

 

 

 

看護師してたからそういう知識が元々あるんでしょ?って言われる事もあるんですが、

 

 

 

看護師になる前から、「色んな人が居る」と教わって来たし、「自分にもし腕がなかったら」「もし見えなかったら」など、想像もして来た

 

 

 

 

 

 

もしも自分だったら…

 

 

 

 

 

想像する事なら、出来ますよね(^^)

 

 

 

 

 

これって、いわゆる「健常者」が「障害者」の立場になったら、というイメージが多いかなと思うんですが、それだけではないですよね

 

 

 

例えば、あなたが生まれつき両脚がなかったとして、「もしも両脚があったら」と想像してみる

 

 

きっとこんなふうに歩くだろうなぁ

車椅子には乗った事がないだろうし、触った事もないかもしれないなぁ

 

 

こうやって色々と想像すると、「自分だけが見ている世界が全てでなはい」と気付きます

 

 

「自分ならこんなふうに声をかけて欲しい」

「声はかけないで欲しい」

 

色んな事に気が付きます

 

 

 

 

 

 

自分だったらこうして欲しい、というものと、目の前に居る人との気持ちがおんなじとは限りません

 

コミュニケーションに正解などないのです

 

 

 

 

 

でも、ウチは「もし自分だったら」と想像出来る人が沢山居る社会であれば、法律法律って言わなくても優しい社会だと思うし、差別や偏見もないんだろうなって思うんです

 

 

 

 

 

 

 

時々、「あなたはどっちの味方なの?」と聞かれます

 

「どっち」というのは、「健常者」と「障害者」の事です

 

 

 

 

 

 

ウチは、誰の味方でもありません

 

 

 

健常者という言葉にも、障害者という言葉にも違和感を持っています

 

 

ただ「その人」で在ればいい

 

 

 

 

 

自分も、「ただの自分」で在りたい

 

 

 

 

法律が出来て、そう強く思うようになりました