4月に入ってから、軽井沢の方がSNSに「こぶしの花が咲いた」と投稿するようになった。

こぶしの花というと筆者が思い出すのは、内山章子さんが「軽井沢120年」に寄せた「こぶしの花」という短文である。本はご本人からいただいた。

 

内山章子さんは著述家で衆議院議員などを務めた鶴見祐輔と、明治から昭和初期にかけて活躍した政治家、後藤新平の娘・愛子の間に1928年に生まれる。兄は哲学者の鶴見俊輔である。

 

章子の楽しい生活は、1945年2月、母が脳溢血で倒れたことで一変した。女学校卒業の直前、看病のための軽井沢暮しが始まった。16歳だった。

 

牧場から牛ふんを分けてもらうのだが、昼は疎開の人に分けると村八分になるから、夜来てくれと牧場主は言う。リヤカーを引き、提灯をつけてとぼとぼと六本辻にあった牧場に行き、分けてもらった。

 

あの年の早春、離山に咲いた「こぶしの花」の白さは忘れられないと記している。

 

それから今日まで軽井沢での別荘生活は続き、父から孫の代まで5代でお世話になっている。2000年の早春、運よくこぶしの花の盛りに軽井沢に来た。

町のそこかしこにこぶしの花は咲き満ちていた。その美しさに心うばわれ、息のつまるほどの感動を覚えた。

 

恥ずかしながら筆者はこぶしの花の写真は一度も撮影したことがないので、フリー画像から写真を使用させていただく。

 

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