第二次世界大戦中、ドイツに駐在していた日本の軍人の主な任務の一つは、ドイツの高い技術の習得であった。

そうした一環で、1942年秋に航空機メーカー フォッケウルフ社を訪問したが、彼らはしっかりしたアルバムにして後に訪問者に贈った。

この時に訪問した一人であった末松茂久陸軍少佐の遺族の方のご厚意で、以前に見せていただいたので、その一部を紹介する。

 

見開き

Für Erinnerung an die Besichtigung 

der Fabrikation der Fw 200

"CONDOR"

Focke-Wulf Flugzeugbau G.M.B.H Bremen

 

「フォッケウルフ社のFw 200(航空機) コンドルの生産現場訪問の思い出」(訳)

手書きで「昭和17年秋見学 ]

と書かれている。

 

「有名なしかし旧式のコンドル機の見学

所々に予の顔が見える」とアルバムを所有していた末松少佐の書き込みがある。

旧式なとあるので、ドイツ側も最新鋭の機種は同盟国人でも見せなかったのであろう。

 

同機は4発エンジンの長距離旅客機/輸送機である。第二次世界大戦の勃発により軍に徴用され、長距離哨戒爆撃機として船舶攻撃に活躍した。

 

 

写真の順番からして到着直後か。

中央で鞄を持つのはおそらく豊田隈雄海軍駐在武官補佐官で、訪問団の代表格か。

服装からして陸軍、海軍の主に技術将校、それに平服の民間の商社の駐在員の、混合メンバーであったと思われる。

 

機体をバックに。写真は片ボケしている。

 

操縦席の計器類。会社側が用意した写真と思われる。

こうして得た技術、情報なども、まれに日本に向かう潜水艦で送るくらいしか、手段を持たない日本軍であった。

 

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