終戦時に長野県北部の別荘地、野尻湖に疎開したドイツ人は20人ほどであった。多くは貸別荘に暮らしたが、GHQにより没収されたドイツ人の所有別荘は3軒あった。(下の地図で赤丸)

GHQの管理番号は9-11番の3つで、その中で下のものが10番であることがこの地図から何とか確認される。

現在の地図から見ても3軒とも「国際村」の中の様だ。それにしても3軒の別荘の現況確認ために、野尻湖にも調査隊を派遣するGHQの徹底ぶりも興味深い。

グーグルマップより

 

その3軒の所有者は以下の通りだ。

9番  Heinrich Koever

10番 Hideko Sato-Foerster

11番 W.R. Foerster

 

11番はヴィリー・フェルスターの別荘である。彼についてはすでにユダヤ人を助けた「東京のシンドラー」として紹介した。

書籍 Der Fall Foersterの表紙

1950年代初め。娘のEricaと

 

10番のヒデコ・サトウーフェルスターはヴィリーとは38年から同棲を始め、41年に娘エリカが生まれ、45年11月に正式に結婚する。ナチスの人種政策が非アーリア人との結婚を禁止していたので、終戦まで結婚は出来なかった。

 

フェルスターは茅ヶ崎にも別荘を持っていた。さらには工場なども所有していたが全て没収された。GHQの調査では「好ましくないドイツ人」と分類され、戦時中にユダヤ人を保護したことは考慮されなかった。

戦後なかなか評価されなかったのはオスカー・シンドラー、杉原千畝に共通する。

 

見にくい写真だが、ヒデコの別荘の写真がGHQの資料に残る。立派な別荘であったと想像できる。

 

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