45年10月31日の読売新聞によると、米第8軍の4組からなる攻撃隊は去る25日早朝、第8軍占領地域内(軽井沢)において12名のドイツ人を逮捕した。

「これらドイツ人逮捕の目的は、日本に残存するナチスドイツの破壊のためである。攻撃隊は河口湖、強羅、軽井沢において同時に行動を起こした。

目下軽井沢万平ホテルにいる逮捕された12名のドイツ人は以下の通り」と説明する。

 

8月30日にマッカーサーが来日して以来、2か月足らずでの行動だ。その間に調べ上げたのであろう。550人程のドイツ人が疎開した軽井沢でナチの信奉者が12人という事は、戦時下の軽井沢では自由主義的な雰囲気が大勢であったと言えようか。

 

筆者は逮捕の情報はすでにだいぶ前から朝日新聞で得ていたが、読売には12名の名前と肩書が載っていることをこの度発見した。どんな肩書のドイツ人が捕まったかも分かるのが興味深い。

 

ここでは手元の外務省の終戦時の「在留外国人名簿」で軽井沢での住所を調べ、分かる情報を書き加える。しかしどうもリストに名前の載っていない人物が数名いる。事務的ミスというよりは、彼らは敗戦後のこうした事態を恐れ、正式に住民登録をせずに軽井沢に「潜んでいた」可能性が高い。

 

1 カール・ハンメル(ドイツ秘密警察員)   

⇒外務省リスト「軽井沢」に名前無し。1947年1月のGHQリストでは巣鴨に収監中となっている。ドイツの警察武官であるマイジンガーの通訳として日本の官憲との間に立った。

 

2 ワルター・ベクレン(ドイツ秘密警察員) 

⇒外務省リスト「軽井沢」に名前無し。

 

3 アルリッヒ・モザナー(日本ヒトラーユーゲント隊長) 

⇒軽井沢526番 「大使館補助員」となっている。1942年11月29日、ハンドボール国際親善試合ではドイツチームのキャプテンを務めている。

 

4 オット―・ブルマニスター(運動及び教育主任)  

⇒軽井沢1241番 「貿易商」となっている。

 

5 カール・キンダーマン  (セスタオ通商) 

⇒軽井沢1095番 「無国籍」。セスタオ通商については詳細不明。

ユダヤ人でドイツ国籍をはく奪されたにもかかわらず、ナチに通じたスパイ容疑で拘束。戦後西ドイツで無罪の判決が出来た。混乱の中でGHQも一件一件慎重に捜査はできず、こうした冤罪も少なくなかったようだ。詳細はこちら

 

6 カールス・ヒュイット・ジュクハイム(セスタオ) 

⇒ジュクハイムはJuchheim(ユーハイム?)の英語読みか?

または軽井沢1411番のカール・シエーク(教師)のことか?

 

7 ハインリッヒ・ロイ (日本ナチス副隊長) Heinrich Loy

⇒ 外務省リスト「軽井沢」に名前無し。

アグファ合名会社の代表で1934年からナチスの地区代表

 

8 フランク・ヨゼフ・スパーン(ドイツ大使館付き) 

⇒軽井沢1146番 「官吏」となっている。

軽井沢でGHQが彼に訊問する映像が残っている。こちら

 

9 ウイルヘルム・サイドル(Siedle) (米国におけるナチスドイツの第一人者)

⇒軽井沢1282番(ホテル業)。アメリカから日本経由でドイツに戻る途中で独ソ戦が勃発し、日本に足止めとなったのであろう。

 

10 ポール・スぺリンガー(セスタオ)  

⇒軽井沢 618番(商人)の表示。

 

11 エルウィン・クルツ(ドイツ経済学者) 

⇒クルツの家族のみ軽井沢1295番で、本人の登録は無し。1947年のGHQのリストでは本人も登録されている。

 

12 カウント・デュルクハイム(極東ドイツ宣伝隊長)

⇒ドイツ語版ウィキぺデイアには彼は軽井沢に潜んでいたところを逮捕されたと書かれている。

 

続けて11月29日の読売新聞によると9人逮捕、6名自宅軟禁の計15名となり、海軍武官パウル・ヴェネーカーの名前が新たに入る。ヴェネーカーはドイツ人外交官からも反ナチであったと言われていた。

 

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