<Morido INAGAKI>
「稲垣」という名前と軽井沢の繋がりを見つけたのはひょんな所からであった。
スイスのベルンの公文書館に「日本人の入国1946年~1959年」(原題フランス語)という書類を見つけた。
それによると日本の敗戦後、2番目に入国の申請をしたのは”Morido INAGAKI”で、1946年8月26日の申請である。終戦からわずか1年後である。生まれは1923年で大学生、住まいは長野県軽井沢と書かれている。苗字は“稲垣”と分かる。戦後2番目で、日本から最初のスイスへの入国希望者で、かつ実際の入国者は軽井沢在住であったのだ。いや欧州でも最初かもしれない。
<稲垣守克と稲垣守働>
さらに1949年9月6日には” Morikatu INAGAKI”の名前の申請がある。1893年生まれで住居は東京である。こちらはジュネーブの国際連盟で日本の常任代表を務めていた稲垣守克であることはほどなく判明した。かれは1939年、欧州戦争勃発前に日本に引き揚げた。そして彼の働きかけにより1948年、尾崎行雄を代表、協同組合の父・賀川豊彦を副代表という布陣で、日本における世界連邦運動が発動することになった。
また遡って1922年には、来日したアインシュタインの通訳をしている。アインシュタイン夫人と守克のドイツ生まれのトニー夫人は、その際に多く行動を共にしている。
そして守克から冒頭のMorido INAGAKIは守克の息子「守働」である事も分かった。以上は筆者の「戦後初の渡欧者を求めて」の中で紹介した。
<稲垣守臣>
次いで以下の文章をネットで見つけた。稲垣美穂さんという方の論文「祖父のライフワーク”伝道”」に「祖父稲垣守臣(もりと)さんは1911年11月11日 軽井沢596に生まれる」に書いてある。そして1988年に教会の仕事を引退し93年、軽井沢追分伝道所を建てた。ここは今軽井沢追分教会として1942年生まれの稲垣壬午(じんご)牧師が務めている。
この3人は稲垣とあまり多くはない姓で、しかも共通点として名前の最初の1文字に「守」を用いている。筆者は3名は親族であると考えた。しかし最近守克の親族の方から連絡をいただき、よく聞いてみると、最後の守臣は前の二人とは親戚関係ではないことが分かった。実は軽井沢を地元とする「稲垣」家と疎開者としての「稲垣」家が暮らしていたのだ。
<稲垣虎次郎>
「明治22年(1889年)より八年間渡米してクリスチャンになって帰ってきた稲垣虎次郎が旧道に洋風の稲垣商店を開いた」(「軽井沢物語」宮原安春)とあり、彼が守臣の父親であった。地元系の稲垣の筆者が見つけた限りのルーツだ。
そして虎次郎は1934年「大軽井澤の誇り 草津温泉の誉れ」という本を書いている。作者の住所は「軽井沢67番地」となっている。ここでは「大軽井沢」として軽井沢の他、沓掛、南軽井沢、北軽井沢などを紹介している。
「長野原、妻恋を含む3町2村を独自に『大軽井沢』と定義する、町議で運送業者(丸運軽井沢運送店主)の稲垣虎次郎」と虎次郎が本の発行当時、町議で運送業を営んでいたことを書く論文もある。かなりの成功者であったか。
予断ながら最近は「大軽井沢経済圏」を唱える動きもあって虎次郎の先見性を証明するようで興味深いが、こちらの大軽井沢の範囲は少し異なる。
更に同書ではいかに軽井沢が世界的避暑地であるかを示す例として、1930年8月14日の1日に軽井沢郵便局が受け付けた通常郵便物の宛先を挙げている。
アメリカ:252、イギリス:65、カナダ:43、ドイツ:38、フランス:3
米英カナダ人に対し、ドイツ人、フランス人の少なさを示している。
先に名前を挙げた稲垣壬午牧師は、1942年に父親の布教地である東京で生まれるとすぐ軽井沢に疎開し、そこで虎次郎が「壬午」と命名し、町役場に届けたという。
<稲垣守働>
一方、戦前ジュネーブの国際連盟で活躍した稲垣守克一家は妻のトニーと長男守働、そしておそらく次男も軽井沢に疎開したが、父親は終戦まで横浜本牧の家に留まっている。守克が本牧に残った経緯などは別の機会に譲る。
日本人男性と結婚した外国人女性の中には、早々と軽井沢に疎開した少なからずいるようだ。日本の同盟国ドイツの婦人であれ、普通の日本人の眼には外国人の代名詞で敵国のアメリカ人と区別はつかないので、襲われる危険も大きかった。またトニーはユダヤ系であったという。
<住まい>
1939年頃の軽井沢の別荘地図を見ると、2軒の稲垣姓の家がある。526番と1067番である。前者は旧中山道と水車の道の間でこちらが虎次郎の住まいであろう。後者は軽井沢本通りと万平通りが分かれる三角地帯辺りで守克の別荘と考える。隣の1068番はピアニストのレオ・シロタ夫妻が疎開している。
こうして二つの稲垣家の切り分けを行ってみた。今後も修正点などがああれば都度対応するつもりだ。
メインのホームページ「日瑞関係のページ」はこちら
私の書籍のご案内はこちら
『続続 心の糧(戦時下の軽井沢)』はこちら
