戦時下のパリで邦人社会の中心となったのは大使館ではなく、海軍武官室であった。
大使館は親独政府の置かれたヴィシーに移っていたことと、細谷資芳(ほそや すけよし)海軍武官の人徳によるものと筆者は考えている。下の写真は1942年5月27日の海軍記念日にパリで行われた式典での記念写真だ。パリのほぼ全日本人が参加している。元々個人的志向が強いと言われたフランスの日本人がこうして一堂に集まったのは、まさに細谷武官の指導力であろう。
式典に続いては庭園で子供たちの運動会が行われ、パン喰い競争などで楽しんだ。
他にも「海軍武官細谷氏が留学生一同をパリ郊外に招待」という写真も残っている。
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