この度1934年に諏訪丸で日本に一時帰国し、同年にまた欧州に向かった商社関係者の親族の方から、船内の写真を提供いただいた。(匿名希望)戦争勃発5年前の1934年の船旅だ。
日本郵船 欧州航路を利用した邦人の記録』では靖国丸、伏見丸、白山丸、香取丸の一等船客の集合写真を紹介した。今回この「補遺」で諏訪丸と、照国丸が加わることになる。

1914年竣工の諏訪丸は欧州戦争勃発まで、欧州航路に約25年就航した「ベテラン」船。いくつかの証言は集まったが、筆者にとって写真は初めてである。


一等船客記念写真。2月28日にもかかわらず皆夏服であるが、改めて他の船の記念写真も見てみると、いずれも白の夏服での撮影である。

筆者の予測では撮影は日本に向けシンガポールを発ったころだ。シンガポールで上下船する客もいるから、その後もしくは前に全員で撮る必要があったと思われる。救命ブイのSUWAMARU(諏訪丸)の文字がはっきり読めないのが残念。船客を見た場合、船長の右隣の若い女性のみが黒い服で目を引く。各船に二人ずつ乗船し、主に子供の世話をした女性のスチュワーデスのひとりか?最前列には日本人の男の子はなく、少女ばかりなのは偶然であろう。皆良い笑顔だ。



同じく諏訪丸。窓の外からして夜間の食事だ。すき焼きパーティーであろう。桜の造花が天井からぶら下がる。


一家はその後また欧州に戻っている。日本に休暇で一時帰国したようだ。今度は照国丸であった。仮装パーティーの写真。長い船旅に飽きないよう、会社は様々なイベントを用意した。同年6月18日。誰の仮装かは分からないが、開戦間際には時代を反映してヒトラーの仮装が登場する。


 

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