フリーのジャーナリストであるバルク(Arvid Balk)は、ユダヤ人のエステレ(Estelle)と結婚する。
1936年、日本に来て葉山に住むが、その後本牧元町305に移る。
1936年、日本に来て葉山に住むが、その後本牧元町305に移る。
本牧では非ドイツ人の仲間と主に交際し、エステレが望んでいたような、交友関係が築けた。エステレは著名な写真家名取要之助の秘書を一時期務める。また料理人、庭師、二人のメイドを雇い、バルク家の繁栄がいつまでも続きそうな気分であった。
しかし1941年6月に独ソ戦も始まると、他のドイツ人から敵視されるようになり、アーヴィッドのジャーナリストとしての仕事にも危機が及んで来る。
家族の存続のため、エステレは娘たちが結婚によって、ユダヤの血筋が薄まることを望んだ。次女イレーネ(Irene)はルートヴィッヒ・フランク(Ludwig Frank)と横浜のインターナショナルクラブで知り合って結婚する。ルートヴィッヒはドイツ国籍だが半分ユダヤ人であった。
長女マリー・ルイス(Marie-Elise)は1943年1月スイス人で赤十字国際委員に勤務するマックス・ペスタロッチと結婚する。ペスタロッチは外交特権を持った。
長女マリー・ルイス(Marie-Elise)は1943年1月スイス人で赤十字国際委員に勤務するマックス・ペスタロッチと結婚する。ペスタロッチは外交特権を持った。
バルク夫妻は1944年4月30日、箱根の強羅に疎開する。
それから間もない同年7月28日朝 憲兵隊が次女の夫の兄ヒューゴ・フランクの家に押し入った。彼らはヒューゴを捕らえ、横浜山手警察署に連行した。そして8月1日午前5時、アービッドが5人の神奈川県警の警察官によって逮捕された。
それから間もない同年7月28日朝 憲兵隊が次女の夫の兄ヒューゴ・フランクの家に押し入った。彼らはヒューゴを捕らえ、横浜山手警察署に連行した。そして8月1日午前5時、アービッドが5人の神奈川県警の警察官によって逮捕された。
拷問を受け強要されたアービッドの自白によると、彼は日本海軍船舶の情報をヒューゴから入手して娘の夫であるペスタロッチに流し、そこからスイス公使館、敵側に流れたという。ただし外交官特権に守られたペスタロッチには一切、日本の警察の手は及んでいない。
("Honored and dishonored Guests" W. Ouck Brecher)
("Honored and dishonored Guests" W. Ouck Brecher)
ペスタロッチが妻マリー・ルイスと暮らした山手234番館

