山手31番(樋口方)に住んだ商会員のハンス・ワインガルトナ―(Hans Weingartner)はドイツ人パウル・ボートナーPaul Boedner)と共に、終戦も近い1945年4月14日、疎開先の足柄郡温泉村で横浜の憲兵隊に逮捕される。
ふたりはドイツの警察武官ヨーゼフ・マイジンガーに反抗的な行動をとった。ボートナーはマイジンガー主催のパーティーに出席せず、ワインガルトナーはマイジンガーから(偽って)ドイツの市民証を入手する事に失敗した。職業が「運送会社ドイツ向け貨物発送係」となっているので、仕事におけるドイツとの繋がりは深そうだ。
自分で拘束手段を持たないマイジンガーは、逮捕して欲しい人物を日本の憲兵に逮捕させるのが常套手段であった。一方ではドイツ人から最も恐れられたマイジンガー相手に、スイス人のワインガルトナーが本当にこのような駆け引きをしたのかは、少し疑問も残る。
ワインガルトナ―が警察に自白したところによれば、彼は情報をスイス公使館に流し、その際ボートナーが助けたというものだ。7月14日にふたりは弘明寺の刑務所に送られた。ワインガルトナーが後に語ったことろでは「調書にサインしないと、また憲兵隊に送り返す」と言われ、サインした。憲兵隊は通常の警察と比べても、相当恐ろしい場所であった。幸い間もなく終戦となり、ふたりは釈放された。(Honored and dishonored Guests W. Ouck Brecher 2020年6月7日)
ワインガルトナ―は戦後まもなく、スイス公使館を経由して5万フランの慰謝料を請求した。
物価上昇を考慮すると今のお金で2500万円くらいか。
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