『横浜山手に現存する個人所有住宅(洋館)の概要』によれば
山手29-A番館が木造2階建て1931年の建築との説明であるが、今はAが付く住所は存在しない。
29番の立て札の出る、下の写真の建物であろうか?木造で、古い洋館風な建物だ。
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隣にもう一軒同じ地番で建つが、林に囲まれ建物を見ることが出来ない。
1943年時点で住んでいた外国人は2人である。
ヨハネス・プラシー 会社員 ドイツ人 
オスカー・フリドリックルツトケ 商社員 ドイツ人(プラシー方) 
やはり上の洋館に住んだのであろうか?
 
30番で桜道を離れ、車の通れない坂道を上がる。
脇には近代下水道の記念碑があり、坂道の横には明治初期に敷設され、今も使われている道路側溝、ブラフ溝がある。なんとも渋い。
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30番について続けると、こじんまりした2軒と、反対の道に面して大きな家屋のみ。1943年時点ではハンス・ウイドマー(機械技師、家族1)、スイス人が住んでいた。この大きな家あたりであろうか?
 
31番が坂の左全体を占め、大きなマンション「山手町ハイム」もある。
1943年の住人は次の二人だ。
ハンスアドルフ・レフアード(商社員) ドイツ人
ハンス・ワインガルトナー(商会員) スイス人(彼が逮捕された話はこちら
突き当りが山手公園(230番)になる。
 
31番と書かれた門柱
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